00部屋その壱

□孔を埋める
1ページ/1ページ




 目を覚ますと、そこには白い天井が広がっていた。
「あれ……ここ、どこだっけ……」
 呟くと、すぐ近くで、氷のように冷たい声が言う。
「寝ていたのか、女」
 その声に、ここが何処であたしがどうしてここにいるのかを思い出し、あたしは跳ね起きた。
「……ウルキオラ」
「飯だ。ここに置いておく」
 それだけ言って、白い背中は、遠ざかって行こうとする。それを思わず、呼びとめた。
「ウルキオラ」
「何だ」
 振り返った翡翠の目が、あたしを、映す。その何処までも純粋な瞳に吸い込まれそうになりながら、あたしは、尋ねた。
「その……破面は、食事したりしないの?」
「食事か」
 ウルキオラは立ち止まり、あたしの言葉を反芻する。
「破面は虚を喰らう。それが食事だ」
「じゃあ、現世のお菓子とかは……」
「食わんな。果実類を食べる者もいるようだが、俺は興味がない」
「じゃあ、食事は楽しいものじゃないんだね」
 ウルキオラの言葉はいつも、鋭く尖った雪の刀に近い。冷たくて滑らかで、無駄がない。最初はそれが怖かったけれど、最近は、その冷たさに、何となく、ほっとする。
「ウルキオラ、現世に来たことは?」
「お前に最初に出逢ったときと、お前を浚いに来たときの二回だけだ」
「そっか。じゃあ本当に、お菓子とか食べたことないんだね」
「菓子とは何だ?」
「甘いものだよ。食べると幸せになるの」
「くだらんな」
「そうだね。人間の世界はくだらないものばかりでできている。でも、そのくだらないものがあるからこそ、素敵なんだよ」
 ここは寂しいね。あたしはそう呟いた。
「虚圏は無駄がない。冷たい。くだらないものがない。それって何だか寂しいよ」
「そのようなことは戯言だ」
「虚や破面は、生まれてきて死ぬだけなのかな。生きることの楽しみも何も、感じないのかな」
 あたしの言葉に、ウルキオラは目を細めて答えた。
「生きることに娯楽など必要ない。生まれてきたから、生きる。ただそれだけだ」
 ウルキオラの目には、迷いも何もなかった。
 だから、あたしは可哀相だと思った。
 生まれてからずっと、一つの楽しいことも経験せずに生きてきたウルキオラ。外見はあたしたちとそう変わらないくらいなのに、彼の中はきっと、恐ろしいほどに空っぽなんだろう。
 不意にウルキオラに触れたくなって、あたしは、手を伸ばした。
「ウルキオラ」
 空っぽな貴方と、あたし。
 手をつないだら、何か、変わるだろうか。







 目が覚めた。
 そこにはいつもどおりの天井が広がっていた。
「あれ……夢……」
 呟きながら上体を起こす。瞼の裏に広がるのは、あの、美しい翡翠色。
 そう、ここは現世。あたしは戻って来たのだ。
 そして、ウルキオラはもう、いないのだ。
「……っ」
 当たり前の事実が胸を締め付けて、胸を、抑える。
 悲しくて寂しくて無性に誰かと繋がっていたくて携帯電話に手を伸ばす。アドレス帳を探すけど、駄目だ。あたしが喋りたい、たった一人の人の名前は、そこには載っていない。
 ウルキオラ。
 もう何処にもいない人。
 もっともっとしゃべれば良かったね。
 そしたら、貴方の空虚な孔を、あたしの言葉で、埋めることができたかもしれないのに。














ウル織は離れる間際くらいに恋愛感情に気付けば良い。二人の会話を書くだけで幸せ。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ