00部屋その壱

□ヴィヨンの妻
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 新羅とセルティの店で働くことになった。
 うちの馬鹿臨也が二人の店――「椿屋」から金を盗んだことが、全ての始まりだった。
 その金は結局臨也と馴染みの婦人が返しに来たが、臨也が最初に大金を払ったっきり一度も椿屋に金を払っていないことが明らかになったので、その返済がてら、働くことにしたのだ。
 働いてみて、どうしてこんなに良いことを思いつかなかったのだろう、と驚いた。
 俺の呼び名は、椿屋のシズちゃん。注文を取りに行ったり、勘定をしたりするのが仕事。
 仕事は、楽しかった。
 馴染みの客たちのしょうもない会話に、始めは怖々だったが、今は大分ついていけるようになった。そのうちに、仲の良いお客もできた。
 そして、何より。
 八時をまわった頃になると、臨也がやって来る。独りのこともあれば、連れがいることもある。俺は臨也に何でもないかのように接する。臨也も、普通の店の人間に対するのと変わらない態度で接してくる。
 そして。
 俺の仕事が終わるまで臨也は店で待っていて、仕事が終わった俺と臨也は、二人で並んで歩いて帰る。
 これまでは三日に一度会えるか否かだった臨也に、こんな風に毎日会えるのだ。それが俺にとって一番嬉しいことだった。
「シズちゃん、お店でモテモテだねー」
 俺の隣を歩いていた臨也が、そう言って笑う。
「妬いちゃうや」
「俺だっていつもお前が一緒にいる作家やら編集者やら新聞記者やら女やらに妬いてんだよ、お互い様だ」
「そうかなあ」
「そうだ」
 ふわふわと笑う臨也は、最近いつも上機嫌だ。仕事の方も捗っている様子で、時々金を持って帰ってくる。
「なんか、シズちゃんを新羅とセルティに盗られそう」
 つないだ俺の手を握った臨也は、そう言いながら、じっと俺の顔を見つめる。
「盗られないでね、シズちゃん」
「ったりまえだろ」
 月よりも美しく光り輝くその横顔に口付けて、俺は、臨也の手を引いた。
「お前が俺のことを思っている限りは、俺もお前のことを思ってるからな」








ぐだぐだですみません……! 太宰治「ヴィヨンの妻」パロディでした!

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