00部屋その壱

□曖昧距離
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 湿ったシーツの上で、生白い肩をした五葉が気だるげに寝返りを打つ。

「紫音」
「何だ?」
「今日、親と弟君は?」
「親は仕事。弟は部活」
「この時期なら、部活は六時までか……。今、四時?」
「ああ」
「早く帰って来るかもしれない、よな」

 少し長い前髪をくしゃりとかきあげ、ため息をつく五葉。先程までの名残か真っ赤な唇が動いて、ドキリ、とする。
 体が重たそうに上半身を起こした五葉は、「眠い」と小さく呟いて俺を見た。

「紫音、シャワー入るか?」
「五葉が入りたいんなら俺は別に後で良いけど……。でも、まだ時間はあるだろう?」
「いや、汗がべたべたして気持ち悪い。それに、片付ける時間も必要だろ?」
「……まあな」

 申し訳程度に掛けていたタオルケットを体に巻いたままベッドから降り、くわあ、と五葉が欠伸する。ベッドの下に脱ぎ散らかしていた洋服を渡してやれば、彼はそれを受けとって俺を見た。

「じゃあ、お先失礼」

 アラブ人のように全身をタオルケットで隠し、ぺたぺたと裸足の足で五葉が歩き出す。五葉の服も下着も、全部タオルケットの中だ。
 まるで身を守る盾か何かのように、五葉は全身を覆い隠す。
 その頼りない背中がドアの向こうへ消えたところで、俺はぼんやりと天井を仰いだ。

「何なんだろうなあ、」

 恋人、なんだろうか。
 好きだと告白した。俺もだと返された。だけど、五葉が俺を好きだと自分から言ったことはない。
 キスはした。こうして体も重ねている。けれど、二人で出掛けたことはほとんどないんだ。二人で会う時はいつも、俺の家で昼間からだらだらと過ごす。それも、セックスだって付き合い始めた恋人らしい、性急なものじゃない。
 五葉が俺を求めているのかが分からない。
 気持ち良いことは嫌いじゃないと、初めてのときに笑った。どこか恐怖を滲ませて。でも、五葉は積極的に何もしない。積極的に俺を求めない。どちらを選んだときも、そう、とても受動的だ。
 本当に、五葉は俺のことが好きなんだろうか。それとも、何か他の理由があって付き合っているんだろうか。
 分からない。

「……はあ」

 親にばれないようにゴムを隠して捨て、汗で湿ったシーツを部屋干しする。
 するとそこにはさっきまで五葉がいた形跡なんて何処にもなくて、何となく、寂しくなった。






 熱いシャワーが気持ち良い。
 頭から水を被りつつ、鏡に映った自分の姿を眺める。キスマークなし。引っ掻き傷もなし。背中にはあるかもしれないけれど、今週はもう体育がないから大丈夫だろう。気にしないことにして、重たい目で瞬きする。
 情事の跡は残さない。絶対にゴムをつける。二人の仲は誰にも秘密。それが俺たち二人のルール。

「湯船、入りたいな」

 口にした言葉は案外バスルームに響いた。気恥かしくなって、水の量を増やす。体が重い。本当はすぐにでも寝てしまいたい(紫音と違って、俺には体力がないから)けど、だらだらしていて家族と鉢合わせするのだけは避けたい。だから先にシャワーを浴びて、後は紫音の家のソファーの上でごろごろする。
 そういえば、紫音と恋人らしいことをしたことがない。ふとそう思い当った。
 外出する時は大体四人一緒だし、お互い家族がいるわけだから二人で家にいる時間も限られる。ホテルは行かない。金がないからだ。だから、やることだけやって恋人らしい甘い時間とは無縁のような気がする。それがどうと思うほど、子供ではないけれど。
 紫音が好きだ。
 友情なのか恋愛なのかは分からない。けれど、紫音が好きだ。抱きたいとか抱かれたいとか考えたことはなかったけれど、まあ、一緒にいることが幸福だと思っていた。曖昧なものだ。
 シャワーを止めて、バスルームを出る。引っかけてあったバスタオルを手に取った。
 紫音が好きだ。離れることが怖いし、紫音といられなくなるのは嫌だ。子供のような独占欲だな、と思うと苦笑が漏れた。

「あーあ、」

 ガシガシと頭を拭く。雫が落ちる。
 別に、紫音と何かしたいというわけじゃない。一緒にいるだけで幸福だ。話しているだけで、他愛無い日常を繰り返しているだけで、良い。だけど、紫音がそうしたいのならそうしよう、という気はある。自分から何かしたいとは思わないけれど、俺だって気持ち良いことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。
 だけど、違う。俺が欲しいのは、

「……女か、俺は」

 バスタオルを乱暴に投げ捨てて、ぐちゃぐちゃのまま持ってきた服を広げる。皺ができている。俺らしくない。――それだけ、余裕がないってことか。
 多分、紫音は俺のことが好きなんだろう。少なくとも、今は。決して長い付き合いじゃないけれど、紫音は本気の相手としかこういうことはしないはずだ。
 でも、いつか終わりがきたら?
 当然来るだろう。俺が思うに紫音はノーマルだ。所謂ヘテロ。きっとそのうち、俺じゃない好きな人が出来る。そのときはちゃんと、すっぱり関係を終わらせよう。そうして友人同士に戻るんだ。
 俺はきっと、好きな人が出来ないだろう。別に俺がホモだとかそういうことを言っているわけじゃない。ただ、俺の隣に紫音がいるうちは、きっと他の誰のことも好きにはならない。一途なわけじゃない。他人に馴れるのに時間がかかるというだけだ。
 紫音に好きな人が出来たら、別れよう。
 「他に好きな人が出来たんだ」と、そう言って。
 だから、「好きだ」も、勿論「愛してる」も言わない。
 いつか絶対に出来る傷は、できるだけ、浅い方が良いから。



「俺が欲しいのは『ずっと』なんだなんて言ったら、どう思われるだろうな」



 来るであろう終わりを考えるだけで視界がぼやける俺は、多分、相当キているのだろう。













―後書き。
 紫五紫でした! 愛する管理人仲間へクリスマスプレゼントに捧げます!
 本編の明るさの面影を一切持っていないのは流石私です。というか、今までで一番色々と直接的な気が……。
 「お互いが好きだからすれ違っちゃう紫音と五葉って良いよねー」というネタだったはずなんですけどね。ね。
 自分が剥き出しの感情を見せるのが怖くて、距離をおこうとする五葉。それを不安に思う紫音。……になっていれば嬉しいです。
 わりと楽しく書きました。……ごめん、風香。しーちゃんについて本当に色々謝ります。
 分かりにくいかと思いますが、この五葉が自分の感情を隠さなくなったらヤンデレになります。

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