00部屋その壱

□甘楽ちゃんシリーズ
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「……あの、甘楽さん」
「何ですか? 帝人くん」
「……これは、どういう状況なんですか」

 とある平日の放課後。
 彼――龍ヶ峰帝人は、池袋のちょっと高級な喫茶店でカフェラテを飲んでいた。

「どういうって……。私と帝人くんが、カフェでお茶してる。それだけですよ?」

 勿論、彼が自らここに来たのではない。門の前で待っていた甘楽に、拉致同然で連れて来られたのだった。
 相手が女性であるからには、帝人もそう大きな抵抗はできない。せめて正臣か杏里が一緒なら良かったものの、偶然にも二人とは委員会やら何やらで別行動だった。……いや、偶然ではない。彼女はそれを知っていて今日を選んだのだと、帝人はそう睨んでいる。
 外見こそ女子大生風である甘楽だが、その中身は池袋でも知る人ぞ知る情報屋だ。どういう手を使ってかは分からないが、そのくらいのことをやってのけてもおかしくはない。

「僕に何か用ですか?」

 ろくな用事ではないだろう。そう思いながら帝人が訊くと、甘楽はにっこり微笑んで言った。

「いえ、特に用事はありませんよ」
「それじゃあ、失礼します」
「釣れないですね、もう! ちょっとお話しするくらい良いじゃないですか。それとも帝人くん、これから用事でもあるんですか?」
「……それは、」

 しっかりと手首を掴まれては、帰ることもできない。ここで「用事がある」と言い切ってしまえば良いものを、素直な帝人にはそれができなかった。
 渋々ながらも甘楽の前に再び腰を下ろし、相変わらず食えない笑顔の甘楽を見る。

「甘楽さんこそ、こんなことしていて良いんですか? お仕事もあるでしょう?」
「ないからこうやって会いに来たんですよー」
「暇人ですね」
「ひどいですね、帝人くんに会うためにわざわざ時間を空けたんですよ?」

 ぷんぷん、とわざとらしく怒る甘楽。
 わざわざ時間を空けた、なんて言われるとほだされてしまいそうになるが、帝人はそんな自分を叱咤する。

「それはありがとうございます」
「お礼なんていいですよ、私と帝人くんの仲じゃないですか」

 洗練された動作でコーヒーを口に運んだ甘楽は、わざわざ唇の高さで止めて首を傾げる。絵になる光景であることは確かだ。

「甘楽さんのそれって、確信犯ですよね」

 思わず帝人の口をついて出た言葉に、甘楽は笑みを深くした。

「天然の方が良いですか?」
「……別に、そういうつもりじゃなくて」
「確かに、杏里ちゃん……でしたっけ? あの子は天然っぽいですよねー」
「……園原さんに、何か?」
「思い出しただけですよう! そんな怖い顔しないでください」

 ふふふ、とコーヒーを口にすると、甘楽は結んだ髪の毛先を弄びながら言った。

「ちょっとした嫉妬ですよ」
「嫉妬?」
「女のこの前でほかの女の子の話をするなんて、帝人くんにはデリカシーがありませんねー」

 どこまで本気なのか。
 正臣ならここで呆れるところだろうが、残念ながら帝人にはそこまで女性に対する免疫がない。今までどうにかして疑ってきてはいたが、これにはさすがに少し赤くなった。

「あの、甘楽さん……」

『男は狼なのよ〜♪ 気を付けなさい〜♪』

「……え?」
「あ、ごめんなさい。私の携帯です」

『年頃になったなら〜、慎みなさい〜♪』

「……出なくて良いんですか」
「良いんですよ、出なくて良い相手ですから」

 ポケットの中で主張する携帯を鬱陶しげに見やりつつ、ひらひらと甘楽は手を振る。その一連の動作で、帝人は電話の相手が誰なのかを察した。

「……平和島さん、ですか」

 なんて着メロだ、と思いながら、その名前を口にする。
 甘楽はふふんと得意げな表情で頷いた。

「ぴったりでしょう、この着メロ」
「……意味、違いませんか?」

 確かに狼に似ていると言えば似ているが、どちらかといえばこの歌の意味ではなく本物の狼に近い。

「大体、いつも怒らせてるのは甘楽さんじゃないですか」
「何言ってるんですか! シズちゃんったら、私がいるだけで自販機投げて来るんですよ! 狼じゃないですか!」
「いや、それはあの……」

 甘楽さんが会う度にからかうからじゃ。そう言いかけた帝人の言葉は、突然甘楽が立ち上がったことによって遮られた。

「あっ」

 再度携帯電話が着信を告げる。
 それと同時、何かが窓ガラスを突き破って飛び込んできた。

「えっ」

 あまりにも高速過ぎて何か分からなかったのだが、それがミシリと音を立てて向かいの席のソファにめり込んだことで、やっと正体が判明する。
 携帯電話、だった。
 帝人が視線を戻したときには、もう既に甘楽はいない。机の上には二人分の勘定が残されていた。

「…………」

 外を見れば、全速力で逃げる甘楽とポスト片手にそれを追う静雄の姿が目に映る。
 それは、赤ずきんと狼の姿でも、ましてや白ウサギとそれを追うアリスの姿でもなく。

「……窓ガラスの弁償代、どうするんだろう」

 ただの不器用過ぎる男女の姿としてしか、帝人の目には映らなかった。













―あとがき。
 儒要があるのかないのかイマイチ謎な甘楽ちゃんシリーズですが、懲りずに二本目です。
 普段の我が家では出番がない帝人くんは、何故か甘楽ちゃんシリーズになると出番が多いです。今回はまさしく貧乏くじです。
 そして、二人の日常を描こうとすると絶対に追いかけっこに……。他の何かは書けないのか自分。
 甘楽ちゃんが相手になると、何故か帝人くんがちょっと強気です。相手が女だからなのか。帝人くんはそんな子じゃないぞ!
 まあ、楽しかったです。
 次は甘楽ちゃんと茜ちゃんとか、甘楽ちゃんと波江さんとか書いてみたいです。ろっちーとでも良いけどなんか色々開拓しそうだからそれもアレだな……。
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