00部屋その壱

□無味無臭の毒
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 ファーの付いた黒いコート。整った顔立ち。

(臨也さんだ、)

 そう思って、彼――帝人は足を止めた。
帝人にしては珍しく、今日の彼はひとりである。手には食べかけの焼きそばパンを持ち、行儀は悪いが、歩きながら小腹を満たしているところであった。
 ビルの壁にもたれるようにしていた臨也を彼が見つけたのは、だからほんの偶然であった。
 帝人と臨也がこうして会うことは、あまりない。臨也の拠点は新宿だし、正臣が意識して臨也を避けているから、帝人もあまり関わることがない。そうでなくとも、あまり積極的に関わる気にはなれない相手である。
 だからだろうか。帝人は、思わず彼に声をかけていた。

「臨也さん、」

 その声を耳にした臨也は、特に驚いた顔もせずにこちらを見る。そして、いつもと同じ造ったかのような笑顔を浮かべて、ひらりと白い手を振って見せた。

「やあ、竜ヶ峰君。今日は独りなんだね」
「はい」

 帝人が歩み寄ると、手にしていたカフェオレを口に視線を動かす臨也。彼にとっての自分の価値が分かるようで、帝人は苦笑する。

「何か用かな?」
「いえ、特にないですけど……暇なんで」
「暇潰しで俺に近付いてくるなんて、勇気があるね」
「そうですか?」

 黒いコートをまとった臨也は、周囲から浮き上がって見える。
 情報屋。
 日常から切り離された、いや、進んで日常を切り落とした男。
 帝人は、彼のことが苦手である。
 自分が焦がれてしようがないものを、彼は手にしているから。それでいて、その正体を掴ませようとしないから。
 その横顔を見ていると、不安になるのだ。

「用がないなら、行くよ」

 沈黙する帝人に不審そうな視線を向けながら、臨也は壁から背を離した。ハッと気が付いた帝人は、反射的に手を伸ばす。

「待ってください」
「……何かな?」

 突然の行動に、臨也は柳眉を寄せて振り向く。その赤い目で見られ、呑まれそうになる自分を感じながら、帝人は手を離した。
 何故自分は今、手を掴んだ?
 帝人自身、分からない。ただ、気付けば手を伸ばしていたのだ。
 自分でも不可解な顔をして手の平を見る帝人に、臨也は微笑みながら言った。

「ねえ竜ヶ峰君、知ってるかい?」
「はい?」
「人間って言うのはね、理性が発達しすぎているせいで、色々なことに気付くことが遅いそうだよ」

 意味深な笑みでそう言って、今度こそ完全に帝人に背を向ける彼。

「それは、どういう意味ですか?」
「さあね。ばいばい、竜ヶ峰君」

 会ったときと同じように、また軽く手を振って、彼は人混みへと溶けていった。





「毒っていうのはね、気が付いたときにはもう、全身に回っているんだよ」
(君はもう、俺から逃げられない)









―――――アトガキ
帝臨だと言い張ってみます。
臨也からの愛情は、おそらくはありませんが。
無意識帝人君です。黒帝人が書きたかったのに、残念ながら無理でした。

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