00部屋その四
□ライニル過去ログ
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宇宙空間はとても静かだ。隔絶された白い部屋には、話声すら届かない。
ここで彼女と言葉を交わした。
ここで彼女を抱き締めた。
ここで彼女とキスをした。
ここで彼女と時を過ごした。
幾つもの情景が、目の中で光って消える。まるで映画のワンシーン。俺はそこには触れられない。見ているだけだ。
触れられない日々。
今となって思い出す、ごくありふれた幸せの一ページ。
少し、昔を思い出した。
「兄さん、早く!」
「ライル、ちょっと待てよ!」
「嫌だね」
俺の声と兄さんの声が、重なり合って木霊する。
雪の降った朝は、よく二人で庭を駆けた。
真っ白い世界に足跡を付けて、馬鹿みたいにはしゃぎまわることが、俺たちはとても好きだった。
寒い寒いと言っていたエイミーは、一足先に部屋の中へと逃げ込んでいる。
「追い付いた!」
兄さんが俺と並んだ。悔しくなって、兄さんの体を思いっきり押す。
「うわっ」
「うわっ」
兄さんの体が白い中へ落ちていく。俺も同時に倒れていく。
雪に埋まる俺達。
あー冷たい、帰ったらスープでも飲もう。そう思っていると、兄さんの顔がひょいと見えた。
「ライル、」
差し出される手。
「ほら、起きろよ」
「言われなくても」
その手を強く叩いて、ギュッと掴んだ。そして、兄さんの体を引っ張り込む。
ぼすんと音がして、兄さんの顔が雪の中へと突っ込んだ。
おかしくて、俺は笑う。
髪に雪を付けた兄さんも、笑う。
そして、急に真面目な顔になって言った。
「ライル、お前、来年も帰って来るよな?」
「え、うん、まぁ」
言われて、曖昧な返事。
あまり家は好きじゃなかった。兄さんと一緒にいると、いつも比べられているような気がした。自分の居場所ではないような気すらした。
兄さんさえいれば十分じゃないか。
俺なんていてもいなくても、全然変わらないじゃないか。
別に、家族のことが嫌いなわけじゃなかった。ただ、馴染めなかった。誰も俺に冷たくしているわけじゃない。ただ、俺が勝手に居づらさを感じているだけで。
兄さんが眩しかった。だけど、兄さんことが嫌いなわけではなかった。
兄さんと遊ぶのは楽しいし、たまに無性に会いたくなる時もあった。でも、それは兄弟としてではなかった。多分、普通の友人同士だったら、もっと巧くやれていたと思う。俺と兄さんは、兄弟には向かなかったんだ。
そんな俺の心を、だけど、兄さんは分かっていたのだろう。
立ちあがりながら続ける。
「帰って来いよ」
俺が、少しでも家の一員でいられるようにと。
お節介な兄だった。双子なのに「兄さん」と言ってしまうのは、だからだったのだろう。
俺にまで気を遣うところに腹が立って、でも、同時に途轍もなく嬉しくて。
兄さんはいつも眩しかった。
太陽だと思っていた。
アニューは俺を照らす光だった。愛しくて、いつも眩しかった。
傍に居ると温もりを感じた。
だけど、今はもう、ない。
失ってから、ふと気付いたんだ。
大事なものを、愛するものを失ったのは、初めてじゃなかったんだと。
四年前。
半身を失った痛みを、俺はいま、ようやく感じた。
兄さん、アンタのことを、愛していたんだ。