00部屋その四

□ライニル過去ログ
6ページ/6ページ






 宇宙空間はとても静かだ。隔絶された白い部屋には、話声すら届かない。
 ここで彼女と言葉を交わした。
 ここで彼女を抱き締めた。
 ここで彼女とキスをした。
 ここで彼女と時を過ごした。
 幾つもの情景が、目の中で光って消える。まるで映画のワンシーン。俺はそこには触れられない。見ているだけだ。
 触れられない日々。
 今となって思い出す、ごくありふれた幸せの一ページ。



 少し、昔を思い出した。






「兄さん、早く!」
「ライル、ちょっと待てよ!」
「嫌だね」

 俺の声と兄さんの声が、重なり合って木霊する。
 雪の降った朝は、よく二人で庭を駆けた。
 真っ白い世界に足跡を付けて、馬鹿みたいにはしゃぎまわることが、俺たちはとても好きだった。
 寒い寒いと言っていたエイミーは、一足先に部屋の中へと逃げ込んでいる。

「追い付いた!」

 兄さんが俺と並んだ。悔しくなって、兄さんの体を思いっきり押す。

「うわっ」
「うわっ」

 兄さんの体が白い中へ落ちていく。俺も同時に倒れていく。
 雪に埋まる俺達。
 あー冷たい、帰ったらスープでも飲もう。そう思っていると、兄さんの顔がひょいと見えた。

「ライル、」

 差し出される手。

「ほら、起きろよ」
「言われなくても」

 その手を強く叩いて、ギュッと掴んだ。そして、兄さんの体を引っ張り込む。
 ぼすんと音がして、兄さんの顔が雪の中へと突っ込んだ。
 おかしくて、俺は笑う。
 髪に雪を付けた兄さんも、笑う。
 そして、急に真面目な顔になって言った。

「ライル、お前、来年も帰って来るよな?」
「え、うん、まぁ」

 言われて、曖昧な返事。
 あまり家は好きじゃなかった。兄さんと一緒にいると、いつも比べられているような気がした。自分の居場所ではないような気すらした。
 兄さんさえいれば十分じゃないか。
 俺なんていてもいなくても、全然変わらないじゃないか。
 別に、家族のことが嫌いなわけじゃなかった。ただ、馴染めなかった。誰も俺に冷たくしているわけじゃない。ただ、俺が勝手に居づらさを感じているだけで。
 兄さんが眩しかった。だけど、兄さんことが嫌いなわけではなかった。
 兄さんと遊ぶのは楽しいし、たまに無性に会いたくなる時もあった。でも、それは兄弟としてではなかった。多分、普通の友人同士だったら、もっと巧くやれていたと思う。俺と兄さんは、兄弟には向かなかったんだ。
 そんな俺の心を、だけど、兄さんは分かっていたのだろう。
 立ちあがりながら続ける。

「帰って来いよ」

 俺が、少しでも家の一員でいられるようにと。
 お節介な兄だった。双子なのに「兄さん」と言ってしまうのは、だからだったのだろう。
 俺にまで気を遣うところに腹が立って、でも、同時に途轍もなく嬉しくて。
 兄さんはいつも眩しかった。
 太陽だと思っていた。






 アニューは俺を照らす光だった。愛しくて、いつも眩しかった。
 傍に居ると温もりを感じた。
 だけど、今はもう、ない。
 失ってから、ふと気付いたんだ。
 大事なものを、愛するものを失ったのは、初めてじゃなかったんだと。
 四年前。
 半身を失った痛みを、俺はいま、ようやく感じた。




 兄さん、アンタのことを、愛していたんだ。












 
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ