00部屋その四
□ライニル過去ログ
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「ただいま」
ガチャリ、とドアを開けた俺は、記憶を辿りながら廊下を歩いた。
「兄さん?」
ダイニングまで歩いて行くと、本を読んでいた俺の兄は、驚いたかのような顔で俺を見た。そして次に、ゆっくりと微笑む。
「おかえり、ライル」
「驚かないんだな」
「来るような気がしてたんだ」
「もっと驚くかと思ってた」
言葉を交わしながら、向かい合って椅子に座る。兄さんは頬杖をついて。俺は部屋を見回しながら。
一通り部屋の中を見回した俺は、兄さんの顔を見て言った。
「三年ぶりだな」
「あぁ、そうだな」
「これだけそっくりじゃ、会ってない感じもねぇな」
俺の言葉に、兄さんは笑う。くすくすという音が、何となく耳障りだ。
俺には到底浮かべられない、大人のような表情。
胸の奥がちりちりとする。
「何でいきなり帰って来たんだ?」
俺とは対照的に涼やかな目で聞かれる。そのさりげなさに、思わず言葉を詰まらせた。
「……別に」
「何か傷つくようなことでもあったのか?」
図星だった。
「……彼女と別れた。つーか、振られた」
隠すことができずに、つい正直に話してしまう。兄さんに嘘をつくのは、昔から苦手だった。
澄んだ目で問われると、兄さんになら、という気持ちになってしまう。何か壊してしまっても、兄さんならどうにかしてくれる、と思っていた。
いつもどこかで兄さんに甘えていた。
今も。
「アンタには信じられねぇよな。でも、俺は本気だったんだ、なのに、なんて言われたと思う? 『ライルのことが信じられない』だってさ」
「信じる信じないは向こうの勝手だ。お前にどうにかできることじゃない。……それとも、何か心当たりでもあるのか?」
ありすぎて困るぐらいだ、と言う言葉を呑み込む。
俺の複雑そうな表情に気付いたのか、兄さんは困ったように言った。
「大体、俺にそういう相談をすることがおかしいんだ」
「……」
「お前みたいに本気で人を愛せることが、俺は羨ましい。誰を愛すことも、俺には怖い。……あのときから」
寂しげな表情で、俺じゃない何かを見る兄さん。本気なんかじゃないんだ、と言う言葉も喉でつっかえてしまう。
怖がりな兄さん。
俺が他人とのつながりを求めるのと対照的に、この人は、他人とのつながりを失ってしまうことを怖がっている。
嘘でもつながりを作る俺とは違って、嘘をついてでもつながりを作らない。
馬鹿で、哀れ。
「じゃあ兄さん、俺のことは愛してるのか?」
椅子を蹴って立ち上がりながら、俺は尋ねた。いきなりの行動に目を白黒させながら兄さんは答える。
「当たり前だろ」
「全然家には帰らないし、会うことも稀なぐらいなのに?」
「それでも家族は家族だろ」
嘘つきな兄さん。
俺を愛してるわけじゃない。家族だからという理由で、俺を愛しているんだ。
苛々する。胸の奥で炎が燃える。ちりちりちりちりと、焦がす。
焦がれるように、焦がす。
本当は怖いんだ。俺個人ではなく俺という家族を愛す、その兄さんの愛情が。正常ぶった狂人。そんな言葉が脳裏をよぎる。
「家族は家族、か」
テーブルと椅子の間に割り込んで、兄さんの手首を捕える。
「兄さん」
優しく冷たく呼ぶ。
「アンタはさ、本当は俺のことなんか好きじゃないんだ」
あぁ、俺も嘘つきさ。
「それなのにそんなこと言ってる兄さんを見てると、殺したくなる」
余った手で白いシャツのボタンを乱暴に外して、首筋に噛みついた。
(本当は愛してる。兄さんのことも、家族のことも)