00部屋その四

□ライニル過去ログ
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 あのランチアが送られてきたときに、本当はもう、気付いていたのかもしれない。


 兄のものだった車。いきなり送りつけてくるなんて趣味悪い、と当時は苦笑した。でも、唯一の兄の存在を残す物だったから、手放すことはできずに結局今まで持っていた。
 そして今、正解だったな、と思っている。
 たったの数十分しか産まれた早さは違わないのに、兄さんは完璧に《兄》だった。父さんや母さんがいないから、ということもあったと思う。あのテロの日から、兄さんは急速に大人になっていった。……俺のことを置いて。
 まるで、失った両親の穴を埋めるかのように、兄さんは家のことをすべてして、近所づきあいもこなすようになった。アイルランドは社会保障が進んでいる国だったので生活費には困らなかったが、それでも兄さんは、俺がハイスクールを卒業すると同時、誰にも行方を告げずに姿を消した。
 突然の失踪だった。
 何らかの事件に巻き込まれたのではないか、という考えは不思議と生まれなかった。ただ、置いて行かれたのだ、という怒りとも不安とも言えない漠然とした思いが、心の中に渦巻いていた。
 それからしばらくして、兄さんが生きているということは、定期的に口座に振り込まれる仕送りと、「それが自分からである」という手紙で分かった。だけど、分かったのはそれだけ。何処に居るのかどう働いているのか、それらも気になったが、それは出来るだけ見ないようにしていた。考えればすぐに分かることだったのだ。顔も見せない、接触すらしない、定期的に送られてくる莫大な金額の金。人には言えないような職業に踏み込んで稼いでいる金なのだということぐらい、薄々分かっていた。そして、それが原因で、兄さんが俺の前から姿を消したということも。
 けれど、その金がなければ、学力もそこそこでしかない俺はカレッジに通えなかったし、それだけが俺と兄さんを繋いでいるものなのだと感じてしまったから、俺は断れなかった。
 仕送りは、俺が卒業するまで続いた。そして、卒業してから、兄さんと俺とのつながりは完全に断たれていた。

 それなのに。
 刹那・F・セイエイ(コードネームだということは本人が言っていた)と名乗る男が俺の目の前に現れた時、兄さんという存在に辿り着くための綱は急に目の前に現れた。何本も何本も、離れていた十年以上の時を埋めるかのように、俺の目の前に晒された。
 そして俺は、兄さんがもう、死んでいるということを知った。
 確かに、あれだけのMSを揃えられる組織なのだから、給料も良いはずだった。兄さんは世界に対して喧嘩を売って、その代償として手に入れた金を、俺に送っていたのだ。自分の肉体と命の見返りに、俺を《普通の日常》の中に置いたのだ。
 馬鹿な人だと、そう思った。
 たかだか数十分しか産まれたときの違わない弟のために、こんなにも全てを投げ打った。俺の分の怒りも悲しみもすべて背負って、ただ黙って、一人で表の世界へと背を向けた。日常との縁を切った。
 兄さんがあんなにも俺に対して優しかったのは、そこに自分自身を見ていたからだ。
 二人が同じぐらい幸せになるのは不可能だと知っていたから、自分の分の幸せもすべて俺に押し付け、自分は不幸を引き受けた。兄さんの俺に対する愛は、幼い頃に親を亡くした少年という自分に対する愛を、俺に注いでいただけのものなのだ。ただの自己愛だ。だけど、そうすることで兄さんは自分自身を保ち、自分よりも《家族》の為に死んでいった。とんだエゴイストだ。兄さんも、俺も。
俺は全部分かっていて、それでいて兄さんに甘やかされていた。
 兄さんが家事をしてくれていた方が、兄さんが仕送りをしてくれていた方が、俺は楽に生きることができた。幼い頃に両親をテロで亡くしたという事実から目を逸らして、今と未来のために生きることができた。都合が良かっただけだったのだ。
 だけど、俺は、今。
 俺は結局カタロンの構成員となって、一流商社の社員という地位を捨てて、政府と対立する立場になった。理由は簡単だ。連邦のやり方では、切り捨てられる国や人間が出るから。偽善的な怒りは原動力の一つだ。あの日までの、ランチアを受け取るまでの俺だったら、できなかっただろう。
 兄さんは死んだ。俺の負の部分を受け持つ人はいなくなった。そして俺は、ニール・ディランディが持っていた感情の一部を、車とともに受け取った。
 多分、兄さんは望んじゃいなかっただろう。俺が戦うことなんて。あの人は過保護で、俺には自分とは違う道を歩いてほしいと考えていただろうから。
 俺に幸せを与えて満たされていた兄さんも、その心地良い優しさに甘やかされていた俺も、馬鹿だったのだ。
 だからこれは、
 だからこれは、兄さんに対するささやかな反抗だ。これで最後の我儘だ。
(兄さん、)
 だからまだ、俺のことを見ていてくれよ。








小説読んでないけど、某所で見て書きたくなった。
ロックオンではなく、兄と弟。
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