00部屋その四

□ライニル過去ログ
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(ロックオン、)




 名前を呼ぶ声がいくつも耳の中で木霊する。ただし、呼ばれている名は俺の名前だが俺の名前でない。求められているのも、俺ではない。俺は代わりの、代替品としてのロックオン・ストラトスであって、此処の人間にとっての本当のロックオン・ストラトスは、俺ではなく兄さんだ。
 ティエリア、という名らしい女のように綺麗な顔をした少年は、やたらと俺に対する反応が厳しい。そんなことを、わりかし歳の近そうな操舵手(ラッセ、だったか)に相談したところ、奴は苦笑しながら、何処か昔を懐かしむような表情をして言った。
「アイツは、アンタの兄さんのことを慕ってたからな」
 慕っていた。
 あんな女のような顔の奴がそんな風にしていたなどと聞かされれば、実の兄のことながら、余計な勘ぐりをしたくなるのは仕様もないことだった。いや、あの妙に真面目な兄さんに限ってそんなことはないだろうが、もしかしたらティエリアの一方通行ぐらいならあったかもしれない。
 兄さんは、他人に好かれやすい人間であろうとしていたから。
 嫌いな人間には適当な態度で対応をし、寄ってくる女もその気にならなければ冷たく振っていた俺と違い、あのお人好しの兄さんは、人を拒むことが出来なかった。それどころか、そういった、何処か不安定で厄介な人間に限って、手を伸ばしてしまうのだ。
 偽善者。本人は自嘲気味にそう言っていたし、俺もそれは同感だった。
 しかし、孤独を、何かを抱え込む人間は、いつの間にか兄さんに惹かれていくのだ。


 そんなことをつい考えてしまったのは、今俺の目の前、俺の脳が認識している映像の中に、紛れもない兄の姿があったからだった。最後にあってからもう二年以上は経っているが、まったく同じ顔をしているからか、特に映像がぼやけたりすることもない。
「ライル、お前は来なくて良かったのに」
 真っ白い、何処までも白い空間に立った兄さんは、何故か悲しそうな顔で、ぽつりとそう呟いた。オイオイそりゃないだろ?俺が此処に来たのは、アンタの代わりとしてなのに。
「でも、それは俺が決めることだぜ、兄さん。アンタがとやかく言うことじゃない」
「分かってるさ。だけどな、ライル……ガンダムマイスターってのは、お前が思ってるほどに簡単じゃない」
「俺がどう思っているかなんて、アンタには分かるのか?」
 意識した冷たい言葉でそう返すと、兄さんはふっと寂しげな笑顔を浮かべ、手袋を嵌めた自分の手を見下ろした。目に見えない血の跡。ガンダムに乗る人間としてたくさんの人間を殺めたのだということぐらいは、俺だって想像が付く。
 だけど、兄さんは分かってない。俺がカタロンの人間として活動することを決めたということの決意を、この人は分かっていない。
「言っとくけど、俺は人を殺めることに罪悪感を持つほど、弱くはないぜ」
「そういうことじゃない。……俺たちは、トレミーの人間たちは、仲間を失ってきた。だからもう誰のことも失いたくないし、誰も彼も、お前の何倍も本気なんだ。……それがお前には、分かるか?アイツらについて行くことが、お前には出来るのか?」
「どういう意味だよ」
「軽い気持ちじゃ、ガンダムマイスターは務まらない」
 まっすぐな、全てを撃ち抜く瞳に、見透かされたような気がした。
「……兄さんはいつもそうだ。俺の考えてることを勝手に先読みして、俺が無茶なことをしないように先手を打つ。俺には兄さんの考えてることなんてひとつも分からなかったのに、本当に不公平だ」
 きっと此処でも、兄さんはそうだったのだろう。
 相手の考えていることを先回りして読んで、気を遣って、少しでも重荷を軽くするようにする。いつでもその分の重荷は自分で背負って、だけど、そんなこと誰にも勘付かせなかったのだろう。
 かつて、俺に対してしていたように。
「本当にずるいな、兄さんは」
 乾いた声で笑いながら、俺はそう口にした。そう、ずるい。いつだってずるいんだ。自分一人で全部背負って、そのくせ何でもないような顔をして。誰にも、俺にだって、本心なんて見せないで。
 父さんと母さんとエイミーを失って、俺たちは悲嘆にくれた。でも、いつまでも悲しんではいられないと分かっていたから、俺はその悲しさを忘れることを選んだ。そして兄さんは、俺よりも長く、それを抱えていた。……俺が、悲しみを忘れられるようにと。つらさだけは俺に背負わせまいと。何も知らなかった俺は、兄さんを弱い人だと蔑んだりもした。だけど、分かっていたんだ。
 どうして兄さんが過去を背負ったまま、CBに入ったのか。
兄さんが一歩、こちらへと歩み寄ってくる。そうしてやっと、兄さんの顔をまっすぐに見れたような気がした。
「……目、どうしたんだよ。利き目だろ」
 その右目が眼帯で隠されていることに気付いた俺は、思わずそう問う。すると兄さんは、「あぁ、」と何でもないような表情で右目に触れて、空気を吸い込んだだけ、すぐに吐いて言った。
「……何でもないよ」
「どうせまた、誰かを守ったりしたんだろ?兄さんはいつもそうだ」
「俺はそんな大層な人間じゃない」
「知ってるけど、でも、大層に見えるんだよ」
 だからあのティエリアって奴も、刹那も、フェルトも、兄さんに惹かれたんだろ?
 兄さんの手を掴み、そっと握り締めて俺が言うと、兄さんは目を伏せた。そして、耳に滑り込むような声で俺に告げる。
「……ライル、俺に囚われるなよ」
 それはまるで、あたかも懇願のようであった。
「そりゃ無理な話だろ。アイツらが求めてるのは、俺じゃなくてアンタなんだよ、兄さん。所詮俺はその代わりでしかない。ロックオン・ストラトスは俺じゃなく、アンタなのさ」
 思っていたよりも強い語調になっていたが、気にせずに続ける。
「何で死んだんだよ。あんなにアンタを待って、信じてくれている仲間が居たのに、なんでアンタは死んだんだ。……死にさえしなければ、今頃、」
「じゃあなんで、お前はロックオンになったんだ」
「……それは、」
「俺はお前にこういう道を歩かせたくなかったから、ガンダムマイスターになることを選んだのに」
 そうなのだ。
 俺たちは何処かで繋がっている。初めに刹那を見たときに感じたあの感覚が良い例だ、言葉にはできない何処かで、多分、遺伝子や魂やそんなところで、俺たちは一つの人間だ。ほぼ同じと言っていいような身体能力と、多少の誤差はあるかもしれない体格が、それを裏付けている。
 だから兄さんは、戦うことを選んだ。俺の分の憎しみも悲しみも全てを抱いて、ガンダムマイスターになった。
 俺に、普通の人間としての道を歩ませる為に。
「アンタのそういうところが嫌いだよ、まったく」
 確かに、エゴはあったのかもしれない。自分の仇を討つためだけに、俺に言わずにCBに入ったのかもしれない。……でも兄さんは、死んだ父さんや母さんやエイミーと同じぐらい、俺のことも考えていた。それを分かっていたから、俺はそれを、認めたくなかったんだ。
 だってそれじゃ、あまりに眩しすぎる。
「ごめんな、ライル」
 手を繋いだまま、もう片方の兄さんの手が、俺の頬に触れる。あたたかくてとてもつめたい手だと思った。


 あぁ何故だろうな、泣きたいよ、兄さん。ニール。俺の兄、もう一人の、俺。


 なんで死んじまったんだよ、なぁ。


 それがずっと言いたくて、それをようやく口にしたとき、これが別れてから初めて見た兄さんの夢だということに気が付いた。











 
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