萬小説

□漂う熱帯魚
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エターナルがプラントを発進した時、ヒイロは格納庫に居た。
フリーダムとジャスティスの汎用艦として建造されたこの船は、そのどちらもを失ったザフトの中で、半ば打ち捨てられた存在だった。
故に、奪取するには易く、オーブの部隊に届けるにはうってつけであったのだが、如何せん装備は少なかった。
積んで居るMSは少数のジン。
しかもこちらには戦闘員が少ない。
いざとなればヒイロも出るつもりで待機しているが、その必要は無いだろうとも踏んでいる。
こちらはオーブの艦隊の位置を把握しての出港であるし、向こうにはカトルを通じてこちらの動向を伝えてある。
暫くすればランデブーするだろうから、そこまで逃げて居れば良い。
それに。
ラクス・クラインは、追われる身とは言えプラントの民衆の心を捉えた歌姫なのだ。
ザフト兵に大きな戸惑いが出るだろう事も予測される。
彼女は、柔らかい存在感と歌声で、プラントの人気を一身に集めていたと言うが、中々どうして政治家としての才能にも長けていた。
『ガンダムの奪還は辞めようぜ。この戦争…結局俺達が出てってぶっつぶしても、返って危険思想を闇にのさばらすだけだ。詳しい事は後でカトルから連絡させる。俺、今戦闘に巻き込まれてっから。』
プラントに潜入したばかりのヒイロに、デュオが送ってきた通信は、ヒイロをがっかりさせた。
早い所4機のガンダムを奪還して地球に帰ろうと言う目論みは、この通信によって完全に破壊された。
その上帰って来いと言われ無かったのは、こちらに残っていろと言う意味だ。
カトルからは、こちらから情報を送る事を指示され、バルトフェルトが戻ってからは、反戦組織を作るのに奔走させられた。
そして、その組織の頂きに据えられたのが、ラクス・クラインだ。
最初ヒイロは、彼女は人気を利用する為のお飾りかと思っていた。
しかし暫く見守る内に、彼女が真に父の志を次ぐ政治家である事を認めさせられた。
その姿はヒイロの記憶の中の一人の女性を甦らせる。
完全平和主義を説いた彼女は美しい少女。
常に彼女は様々な力に利用され続けた。
それでも彼女の強い意志は揺るがなかったのだが、世界は彼女の望む形を求めては居なかった。
ラクス・クラインには出来るだろうか。
彼女にできなかった事を、彼女は彼女の求める形で。
答えは何時も出なかった。
人類は同じ事を繰り返し、過去から何も学ばず、一度は絶滅寸前まで行った事がある。
ヒイロはその時、完全に人類に幻滅した。
人類にとって、完全な平和等無いのだと。
過去から何か学び取れるほど、人は長く生きられないのだと。
けれど、あの時。
ため息をついたデュオが泣いて。
ただただ哀しむだけ悲しんで。
その姿にヒイロも、多分カトルやトロワも、正気を取り戻したのだ。
そしてヒイロは心底、デュオを可哀相だと思った。
彼は人を殺すし闘うけれども、けして人を憎む事を出来ないのだ。
そういう風に作られた。
不自由で可哀相な生き物なのだと。
そして。
ヒイロは。
そんな彼こそが、ただ愛おしかった。
逢いたいと、ため息が出る。
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