萬小説

□空の天秤
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ラクス・クラインは屋敷の自室で時を待っていた。
父は彼女を責めなかった。
彼女の行いは、確実に彼女達家族の身を脅かしたが、彼らの信念に基づく物だったからだ。
私の力が及ばなかった為に、お前に危ない橋を渡らせてしまったのだねと、悲しい顔の父が、焼き付いた。
階下で物騒な物音がする。
怒声。
銃撃。
彼らは直ぐに此処まで来るだろう。
志は、キラに託した。
彼女には闘う力はない。
力有る者に、託すしかないのだ。
私はそれで良いと。
ラクスは静かに時をまった。
カチャリと扉の開く音。
聴力の発達した彼女の耳は、階下の騒音の中でもそれを拾った。
廊下に通じる扉ではない。
それは、バルコニーの窓が開く音だ。
一人の少年がそこにいた。
外から差し込む逆光で、やけに小柄で細く見えた。
「闘う意思が有るなら来い。」
差し出された手だけがとても大きく見えた。
「私が、闘えますか?」
「お前には、お前の闘いが有るはずだ。」
少年は、否定も肯定もしなかった。
「…信じます。」
ラクスは、父から貰った信念のみ身につけて、少年の手を取った。




あの方は天使様だったのでしょうか?
問うたラクスに、バルトフェルトは苦笑した。
死に神やら天使やら、自分達は随分夢心地で夢の様な活動をしていると。
「彼はヒイロ・ユイ。ウィナー家の手の者ですよ。」
子供のくせに自分達より遥かに優れた能力を持つ彼の様なエージェントを抱えて居るのだから、ウィナー家は恐ろしいと、バルトフェルトは肩を竦めた。
「そう。ヒイロ様。」
ラクス達の、反戦活動をしながらの逃避行は、彼のサポートによって成り立っている。
「あの方は闘う意思は有るかと私に尋ねました。」
闘う為に生かされたのだと、ラクスは思っている。
それは正に、ラクスがキラに託した様に、彼は某かの役目を与えてくれたのだと。
父や同士を死に追いやった馬鹿な女に、生きて志を次ぐ事を許してくれた人。
彼が何者で有ろうとも、彼女にとっては神にも等しい。
ならば。
この命の限り、やれる事をするのみだとラクスは祈る。
復讐に次ぐ復讐の戦禍。
それは人類の荒廃しか齎さない。
それを止める為に、持てる限りの力を注ぐしか、彼女に残された道はないのだ。
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