萬小説

□水面に浮かぶ世界
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彼は、居なくなってしまったと思っていたから。
モルゲンレーテのラボでその姿を見掛けた時、キラは幻かと思った。
ラボやドックを飛び回る彼をずっと捜していたから。
「よ。AAを良く護ったな。」
けれどもキラの驚き等余所に、デュオは軽く手を挙げて来たりするから。
キラは気持ちが落ち込んだ。


「そんな怒るなよ。」
休憩時間にデュオが缶珈琲を持ってキラに寄って来た。
自分の分と、もう片方をキラに差し出す。
ドックの外の階段に腰掛けて、海を眺めていたキラは、潮風を受けながらデュオを振り返って。
「心配したのに。」
「悪かったよ。ちょっと探し物してたら乗り遅れちまったんだ。まあウィナー家領が近かったから助かったけどな。」
オーブなんかでまた会うと思わなかったと、デュオは笑った。
「カガリ…覚えてる?彼女、此処のお姫様だったんだ。」
キラが語ったいきさつに、デュオは肩を竦めた。
「随分気性の荒いお姫様が居たもんだな。」
闘う女は嫌いじゃないけどと、彼は言う。
「結局さ、俺達男ってのは働き蟻で、意外と世界を救っちゃうのはああいうお姫様なんだぜ。」
諦観したように。
「君は不思議だね。僕より若いのに、悟った様な事を言う。」
キラは前から気になっていたのだ。
それが気になるから、デュオに、惹かれてしまっている。
「ふふん。ガキに見えて、踏んだ場数が違うのさ。」
傍らに座る肩は、こんなに薄いくせにと、キラは思った。
「君は僕の悩みなんか下らないと思う?」
卑屈な気持ちで尋ねたキラに、デュオが振り返る。
思いの外優しげな顔をして。
「お前のその悩みが消えた世界なんて、気持ち悪くて俺は嫌だね。」
戦争を悩みもせずに出来る人類なんて、居ない方がマシだとデュオは言った。
戦って、失う物は多い。
けれど、戦わなければ得られない物も有るから、人間は進歩しない。
「お前は何が欲しい?」
尋ねられて。
「友達。」
そうキラは応えた。
それは酷く近視眼的でデュオは、彼を可愛らしいと感じた。
戦争で、彼は友達を無くした。
彼の優しい世界に居た人を。
「デュオ。もう何処にも行かないでよ。側に居てよ。」
そうしたら、自分は頑張れるからと。
ヘリオポリスから一緒だった友人達は、自分とは違う戦えない人達だから、きっと此処で別れる事になるだろう。
それを止める術はキラにはない。
キラだって彼らの幸せを願っている。
けれど、戦場に一人残されるのは、やはり辛いのだ。
デュオなら、彼は戦いを恐れないから、縋ってしまいたくなった。
「…キラ。俺はお前を友達だと思ってるよ。」
囁いて、デュオは海の向こうに沈む夕日に目をやった。
「でも、ずっとは無理かな。俺には俺のやる可き事が有るし。あんまりお前にかまけると、嫉妬深い俺のカレシがお前を殺そうとするかも知れないし。」
「か…カレシ?!」
口をつけていた珈琲が吹き出る。
あーあー、きたね〜のと笑いながらデュオは続けた。
「俺の相棒ときたら、AAを狙ってくるガンダム隊よりしつこくて狡猾だぜ。お前寝る事も出来なくなるぜ。」
カラカラ笑うデュオを、キラは心底羨ましく思った。
「良いね、デュオは。ずっと思ってくれる人が居るんだ。」
キラには優しくしてくれるフレイが居たが、何処かで彼女は違うのだと気づいている。
疵をなめあって居るだけなのだ。
それでも彼女はキラの守る可き人で。
彼女がAAを降りるなら、キラはその方が良いと思っている。
彼女はもう、昔みたいに朗らかには笑わないから。
辛くて辛くて仕方ないのだから。
「お前にもその内見つかるかもよ?俺なんか最初あいつを撃ったんだから。」
昨日の敵は今日の友って言うだろ?
言いながら、デュオは石段を飛び降りる。
軽くてしなやかな身体が、猫の様に踊る。
「お前はきっと、大事な物を見つけられると思うぜ。その時まで、生きろよ。」
それは、護符の様にキラの胸に張り付いた。
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