萬小説

□砂漠に咲く花
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人形の様だとカガリは感じた。
彼が腰掛けた年代物の椅子の重厚さが、少年の体の小ささを際立たせて、アンティークなドールハウスに紛れ込んだ様にカガリに錯覚させた。
白く澄んだ肌。
プラチナの髪。
穏やかなアイスブルーの瞳は、硝子細工の様に濁りがない。
部屋に招かれたカガリの入室を受けて、彼が言葉を発するその瞬間まで、彼女は彼を本当に置物か何かかと思っていたのだ。
「オアシスは楽しまれましたか?」
問われてカガリは辟易した。
そんなおためごかしの対面を望んだ分けではなかった。
「生憎、遊びに来たわけではないのでな。」
今はそんな時では無いだろうと、カガリは言外の皮肉で応えた。
気にもならないのか少年は、変わらず穏やかにカガリを見ている。
その静けさが、カガリを苛立たせた。
「貴方は、何故それだけの力を持ちながら、戦わないのだ?」
穏やかな水面にさざ波をたてたくて、声が強くなった。
「現在、ウィナー家はどの勢力とも敵対していません。」
戦う相手等居ないのだと、少年は応えた。
彼は、カガリの苛立ちを知っている。
知った上で、全て悟った老人の様な声音で応じるのだ。
この幼い程小柄な少年の姿と、その振る舞いの落差をカガリは不快に感じた。
ウィナー家。
ナチュラルで有りながら、古くからプラント開発に乗り出した財閥である為に、今なお地球にもプラントにも多大な影響力を持つ旧家。
その当主であるカトル・ラバーバ・ウィナーは、カガリの予想以上に不思議な子供だ。
まるで人外のものだと、背筋が凍える程に。
中東に広大な自治領を持つ彼らは、混乱して行く世界の中で、オーブ同様中立を通している。
周囲の土地の人間が、ザフトの進攻に苦しんでいると言うのにだ。
難民を受け入れはするが、保護を求める者以外は救わない。
ウィナー家もオーブも、見て見ぬふりをしていると、カガリには思えるのだ。
「僕達は、こちらから手を出す様な事はしません。」
そんな事をすれば、余計に戦火を拡げるだけだと、カトルは言った。
それは、数日前に、カガリが父から返された言葉と同じだった。
「ではなぜ、ヘリオポリスであんな物を作った?」
中立と宣いながら、裏で連合の為のガンダムを作っていたオーブのモルゲンレ-テ、その最大の出資者はウィナー家だ。
自らは手を汚さず兵器を作る。
カガリ自身はザフトと戦う事には賛同するが、彼らのやり方が嫌だった。
永世中立国の王女として育った彼女は、オーブを平和の国だと誇っていたのだ。
それなのに。
彼らの動きは彼女への裏切りだった。
はがみするカガリを、カトルは困った様に見詰めている。
それは、血気盛りの若者を見守る年寄りの様だったが、今の彼女にそれはわからなかった。
それもそのはず、目の前のカトル・ラバーバ・ウィナーは、年端も行かぬ少年の姿をしているのだから。
カガリは彼の視線を、馬鹿な女を哀れむ物の様に感じたのだ。
「お前達の言うことは詭弁ばかりだ。」
頭に血が上るカガリの様子に、カトルは少々困ってしまった。
彼女は正しく純粋なのだ。
けれども、純粋さだけで世界は動いていない。
国や組織を動かす者は特に。
「あれは、本当は連合の為に作ったのではない。」
二人の様子を執り成す様にかけられた言葉は、カガリの背後から聞こえた。
振り返った先に、やはりこの屋敷にしっくりと馴染んだアンティークじみた雰囲気の少年が居た。
ブラウンの長い前髪が、顔半分を隠す様な彼は、足音も立てず歩いて来て、カトルの傍らに収まった。
そこが、彼の定位置なのだろう。
「あれは、元々オーブとウィナーの防衛の為に作った。しかし、連合に情報を掴まれ、政治取引で接収されたのだ。」
それを証拠に連合にはあれだけのスペックを扱える人間は居ないと、少年が続けた。
「ならそれを4機も奪われたのは最悪じゃないか。」
向こうはコーディネーター。
彼らには、あれが扱えるのだから。
「カガリ姫。僕達は貴女から見れば欺瞞に満ちているのかもしれません。けれども、平和を願う心だけは、同じなのです。」
例え貴女に理解されずとも、誰からも受け入れられなくとも。
「僕達は、僕達の道をいきます。」
カガリの憤りを解消するような解答は、彼らからは一切無かった。
しかし、カトルが自嘲するように呟いた言葉は、カガリの胸を深く突いたのだった。

ならば私も、私の戦いをしようと。
例え父に理解されずとも、彼らに馬鹿にされたとしても。
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