萬小説

□熱帯魚は思考する。ACT1-2
1ページ/4ページ



軽くステップを踏む様な靴音。
足音を発てない歩き方が身について居るのに、わざと音を出そうとするから特徴的になる。
デスクでプログラムを組んで居るヒイロは、声をかけられる前に振り返った。
「よっ。」
彼が足音で自分を認識している事は、相手も十分了解していて、端から見れば急に振り返ったヒイロに、デュオは驚く様子も無くウィンクした。
彼がプログラム構築部に入って来た事で、部署内の空気が色めき立つ。
それが不愉快なヒイロは舌打ちした。
「何だよヒイロ。久しぶりに会いに来てやったのに感じわりぃの。」
意味を取り違えても、まるで平気な顔でデュオはヒイロのもとへと近づいてくる。
3ヶ月前レディ直々に呼び出された二人は、それぞれプログラム構築部とテロ防止情報部の統括を任じられたのだ。
案の定のバティ解消の上、実動部隊からも外され、二人は現在、机の上を主戦場にしている。
しかしヒイロにとって幸運だったのは、二つの部署が多少離れているとはいえ、同じフロアにあり、デュオが彼の目の届く所に居ると言う事だった。
そうでなければこの人事移動を断固として拒絶しただろう。
「何の用だ?」
デュオに会えるのは嬉しいが、部下達が彼を意識している様子に苛立って、ヒイロは性急に用件を促す。
が、それは逆効果だ。
「相変わらず愛想ねぇなぁ。ヒイロさんは。お前部下に怖がられてんじゃねぇの?」
反ってデュオの興味を刺激してしまう。
「なあ、こいつ普段どんな?」
人懐っこい顔で、近くに居た部下を捕まえて話かけるデュオに、ヒイロは再び苦いため息をついた。
話かけられた部下は、ヒイロ達と同世代の青年で、真っ赤に頬を染めてデュオに見入っているではないか。
「ぶ…部長は、素っ気ないけど、な…何だかんだで良く面倒見てくれますよ。」
完全に照れて吃っている。
「へーぇ。お前ちゃんと慕われてんじゃん。」
「俺の事はいいから、さっさと用件を言え。」
そしてこれ以上お前のファンを増やすなと、ヒイロは心中でさけぶ。
既にプリベンター内には、彼の直属の部下を初めとしたファンクラブが創られており、デュオは本人の知らぬ内に、毎日毎日多数の人間の目の保養になって居るのだ。
実は、ヒイロとウーフェイのファンクラブも有るのだが、ヒイロにとって大事なのはデュオについてだけである。
「あのなさっき俺、悪戯を見付けたんだけど、コイツのお仕置き一緒にやんねぇ?」
デスクに片腕を着いて、座ったままのヒイロを覗き込んで来るデュオの瞳こそが、悪戯を思いついた少年のそれだ。
「お前が直接出向く程の相手か?」
内勤を、しかも一部署の統括を命じられて居る立場に反してまで、デュオがテロ組織殲滅に出向くのかと、ヒイロは正す。
「ちっがうよ。」
しかしデュオは、相変わらず柔らかい頬を挑戦的に歪めた。
「実働はウーフェイが行くんだけど、俺達であちらさんの防衛プログラムを壊してやらねぇ?せっかく内勤やって調子上がってきたし。」
パキポキと指を鳴らすデュオは、本当に楽しそうだ。
「成る程。対象は、サイバーネットの使える地域か。」
自分の意図を了解したヒイロに、デュオは頷いて。
「せっかく整備されたシステムだし、今後の為にも良い試金石になるだろ?」
俺んとこの実地訓練にもなるしと、笑う。
なかなかどうして、きちんと組織の事を考えて居るのだ。
彼は。
納得したヒイロは、デュオを斜めに見上げる。
「良いだろう。乗ってやる。」
珍しく、笑みを口元にのせて。
それは、シニカルと表現される様な物であったが、元来美しく調った顔のヒイロには、非常に似合っていて、目撃した者の心を引き付けるに足るものだった。
近くに居合わせた彼の部下達が、その貴重な事象にほうけるなか、デュオだけは満足げに頷いた。
「そう来なくっちゃな。」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ