捧げモノ&素敵頂きモノ駄文部屋1

□悪い人
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人間誰しも体調の悪い時はあるし、彼も人間の範疇だと頭では理解していた。
 それでも、ウルリカはそれを見た瞬間、思わず驚いて仰け反っていた。
「うわ! 白髪の変人が寝込んでる!?」
「うるさいよ……」
 あまり柄のよくない宿の一室。
 家具はベッドと背もたれのない椅子一つ。窓は硬く閉じられ、雨戸まで閉められていて、部屋には灯り一つ点っていない。
 薄暗い部屋のベッドで上半身を起こし、俯いていたルゥリッヒは、随分と気だるげだった。いつも揶揄するような口調は、今日ばかりはぞんざいで、解いた髪が顔にかかり、重々しい陰影を作っている。
 そのせいもあって、印象は胡散臭いというより、はっきり危険人物の域だ。
 正直近づきたくない。
 怖いもの知らずとよく言われるウルリカだが、警戒心がないわけではないし、体調が悪いせいか、かな〜り不機嫌そうである。
 それでもおそるおそる近づいたのは、ウルリカが依頼を受けて、ここにいるせいだった。
「どうして君がここに来るんだ……」
「だって酒場で頼まれたんだもん」
 初めて行った酒場で、連れには内緒でとこっそり依頼された。
 知り合いの男が寝込んでいるのだが、医者嫌いでおまけに警戒心が強く、見舞いさえ許してくれない。でも女性なら、いくらか警戒心も薄らぐだろうし、錬金術の薬ならよく効くだろうと、そういうことだった。
 酒場に詰める冒険者や傭兵の中には、確かにそうした者がいる。商売柄、無防備に身を委ねるのを忌避するのだ。
 ウルリカは三日ほど前から、ロゼとユンと一緒に交差点の街へ来ていた。
 護衛兼サポート役、プラス、不本意ながら保護者同伴なわけで。しかしこの二人が同行すると、治療を拒まれる可能性が高いと言われれば、こっそり抜け出してくるしかない。
 夜のお茶に眠り薬を盛って、二人を寝かせた後、うりゅを見張りに置いて、一人やって来てしまったのだが――
(うわ、やばい。お説教じゃすまないかも、これ!)
 このことが知れたら、お説教でなくお仕置きされる可能性が大。
 内心焦るウルリカを、ルゥリッヒは胡乱な目で眺めて手を振った。
「君じゃこの依頼に役不足だから。帰っていいよ」
「なっ!?」
 カチンときた、なんてものではない。
 明らかな挑戦と受け取って、ウルリカはルゥリッヒに詰め寄る。
「何よ! わたしはエリキシル剤だって創れるんだからね!」
「あーじゃあ、それだけ置いていけば? 薬代は、そこにある鞄から適当に抜いていけばいい」
 お望みの品を、頭からぶっかけてやろうかと思ったウルリカである。
 それでも何とか堪えたのは、相手がいちおう病人だからだ。
 ウルリカが何か言う度に眉を顰めるのは、おそらく頭痛がするからだろうし、呼吸も整っていない。吐く息は熱そうで、けれど顔色は悪いままだ。
 彼の周囲を見回せば、街で市販されている解熱剤が置かれている。服は薄いシャツにズボン。掛けているのは毛布一枚。枕元や周辺に、水の入った容器は見つからなかった。
「いちおう聞くけど、解熱剤飲んだの?」
「飲んでるよ。ぜんぜん効かないけどね」
 額を押さえてため息を吐くルゥリッヒは、やはり不調そうだった。
「まったく、よりにもよって君が来るなんて……
 悪いけど、今は君で遊ぶほど気分が良くないんだ」
「遊ぶ言うな!」
 せめて遊んでやると言えと、ウルリカは思う。
 片耳を押さえたルゥリッヒは、ますます顔を顰め、嫌そうにまた手を振った。
「だから早くお帰り。ついでに、君に依頼してきた男に、君より一回り年上の女を寄越すよう伝えてほしいな」
「何でわたしじゃダメなのよ!?」
「この体調で、妖精さん達とやり合いたくないからだよ」
 ウルリカは頬を膨らませた。
 今日はペペロンはこちらに来ていないのだが、確かにルゥリッヒと二人きりの状況を知れば、飛び込んでくるかもしれない。頭痛がしている時に、男の甲高い絶叫は聞きたくないだろう。
 しかし、だ。
「はい、そうですかって、引き下がるわたしと思わないでよね!」
 ここまで馬鹿にされて、おめおめ帰れるはずがない。
(役不足とか、もう一回り年上がいいとか、随分な言い草じゃないのよ!)
 ルゥリッヒと戦ったことはあっても、錬金術士としての腕前は見せたことがないから、多少不安に思われるのは仕方ないかもしれない。それでも随分な侮辱だった。
 絶対帰らないぞと決めて、ウルリカはルゥリッヒに手を伸ばす。
 手首を握り、首筋に触れ、額同士をくっつけると、彼は何故かうんざりした様子で身を捩った。
「……せっかく僕がなけなしの良心で遠慮してあげてるのに、どうしてこういうことをするのかな。
 本当に君で間に合わせるよ?」
「何に遅れそうなのか分かんないけど、もう来ちゃったんだからわたしでいいじゃない。わたしの実力を見せてあげるわよ」
 言えば、ルゥリッヒは肩を落として、深いため息を吐いた。
「……これだからお子様は嫌なんだ」
「錬金術の腕前は、年齢で決まるわけじゃないわ!」
「そうじゃなくてさぁ、ねえ……もうちょっとこう、頭を使おうよ。状況を読もうよ。できないなら保護者の傍にいようよ」
「ケンカ売ってんの!?」
「いや、珍しく心からの忠告。君を思っての」
「じゃあわたしも忠告してあげるわよ!」
 言えば必ず意外に思われるのだが、ウルリカは看病に慣れている。
 昔はクロエが病弱だったからだ。
 診察に来た医者に纏わりついて、クロエの症状やいつ治るのか、何をしてやればいいのかとしつこく聞いたりもした。おかげで多少、この手の知識がある。
 ルゥリッヒは熱が高いのに、顔色が悪くて手が冷たかった。
「よく聞きなさい、このバカっ!」
「君に言われると、かなり心外な気が……」
「手足が冷たいのに熱が高い時は、まだ熱が上がってる最中なの! この時に解熱剤飲んでもムダ! ってかダメ!
 飲みすぎて、いきなりガクンと下がっちゃったりするから。熱は高いより、低いほうが問題なんだからね!」
 怒鳴りつけると、ルゥリッヒは珍しく無防備な顔をした。
 きょとんと目を瞠り、幾度か瞬きをする。
「熱が上がりすぎると、脳が……」
「風邪の熱で頭壊した奴はいないの! それは別の病気! 解熱剤を使うのは、寝れないとか痙攣起したとか、そういう時だけ!
 だいたいあんたの脳は、とっくに壊れてるでしょう!?」
 ウルリカがざっと診た限り、ルゥリッヒの症状は単なる風邪だ。
 ただし水分補給がいい加減だったから、脱水症状を起しかけているし、そのせいで熱が上がりきっていない。間違った薬の飲み方に加え、保温もシャツに毛布一枚という有様だから、気管支炎や肺炎を併発する恐れもある。
 ウルリカはルゥリッヒのシャツを一番上まで留めてやり、その額を指で弾いてやった。
「どんなによく効く薬だって、用法を間違えたら単なる毒なのよ! その診断に医者が必要なの!
 呼んでくるから、水飲んであったかくして寝てなさい!」
 この状態で他の薬を飲ませても大丈夫なのか、その診断はやはり、本職の医者がしたほうがいい。
 とにかく水を取ってこようと踵を返す。
 すると、いきなり腕を引っ張られた。
「ンきゃあっ!?」
 ベッドに腰を落とす形になって驚けば、するりと腕が体に絡みついてくる。
「ちょっ!? な、ななな何するのよ!?」
 左手首を拘束され、右脇から差し込まれた手がウルリカの顎を掴む。背にぺったりと張り付いたルゥリッヒは、ウルリカの肩に頬を乗せてきた。
「医者は嫌い」
「どこのクソガキですか、あんたは!?」
 じたばた暴れたが、ルゥリッヒはまったく放す様子がない。
 何やらしみじみ頷いて、さらにもたれかかってくる。
「あったかく、か……なるほど。人肌が欲しくなるわけだ。もう君でいいような気がしてきたな……」
「ほんと!?」
 それはちょっと嬉しかったので、笑顔で振り向くと、何故か意表を突かれた顔をされた。
 そんなに医者が嫌いとは知らなかったが、あんなに拒否する姿勢だったウルリカでもいいと思ったのならば幸いだ。嬉々として、ルゥリッヒの腕を自由なほうの手で叩く。
「分かった! じゃあ医者は呼ばない。わたしが頑張る!
 とりあえず水取ってくるから、この腕放して」
 彼は無言でウルリカを眺め――
 それから、いきなり笑い始めた。
「な、何よぉ!?」
「いや、もう、何て言うか、君ってさぁ」
 くつくつ笑いながらウルリカを解放し、ルゥリッヒは腹を抱えてベッドに転がった。
 何が面白いのか、血の気のなかった顔色までよくなってきている。
「こ、ここまでお子様だと、毒気が抜けるっていうか……いくら僕でも、これに手を出すのはちょっとなぁ」
「だから、何なのよ!?」
 憤慨しながら立ち上がり、両手を腰にやれば、まだ笑いながらもルゥリッヒは手を振った。
「いや、もう君で結構です。大人しく看病されます」
「本当ね? 撤回は聞かないわよ!?」
「もちろん。その代わり――」
 ルゥリッヒは悪戯っぽく口の端を上げて、ウルリカに言った。
「ウルリカちゃんが、僕を暖めてくれるならね」
「いいわよ。もっと毛布貰ってきてあげる」
 頷けば、彼はさらに笑いすぎて、ベッドから落っこちた。
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