小説

□この手は汚れていて、あたたかい
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メサイア内を感一発で脱出したキラ
自分がたった今、後にした要塞の終焉を声もなく見つめていた

"メサイア"が爆発の衝撃に押され、ゆっくりと月面に落ちていく
炎に巻かれ、岩塊の破片を散らしながら

キラは目をみはって見守るが、その瞳(め)に生気はない
まるで朽ち果てた屍(かばね)のようだ

(ぼくは…見殺しにした。あの人達を)

破壊、根源の無い破壊

周囲に漂う残骸を見回し、ほんの少し、やりきれない思いを抱いた

それでも戦闘は続き、人々は憎しみをぶつけるように砲口を向けあう

「これが、君の望んだ世界なの…?」

キラの心を、そんな疑問を否応なしに蝕(むしば)む

「…………ラクス」

もう二度と戦わない
手を取って歩むと、つい先年も人類は誓った

それなのに、すぐまた繰り返す

憎いから、許せないから、それが利益になるからと銃を取り、核を用(もち)い、自らと異なる者達を焼きつくそうとする

真実から目を逸(そ)らし、耳を塞いで
それほどまでに人は愚かだ

でも、いつかは――
やがていつかはと……

明日がほしい
アシタガホシイ

儚ない一縷(いちる)の望みにぼくは賭けた

だが、それは優越した者の理想論にすぎない
彼も薄汚い人類の一人にすぎない

「ぼくは、戦う!」

なめらかに響く声が、しんと冷えきった薄闇に落ちた

確かにそう言った
でもその言葉は、ぼくの本心ではない

目に見えぬものに己を酔わせ、眼前の血飛沫(ちしぶき)、眼下の落涙に目を瞑(つむ)る暗愚

世を知らず己を知らぬ歪(いびつ)な正義は、"フレイ"と言う、腕に抱くぬくもりを得て初めて、ゆっくりと学び糾(ただ)されはじめた

デュランダル議長が言った通りの世界

戦って、戦って、戦って

連綿と続く修羅の道から人類は初めて救い出されるかもしれなかった

誰も自分の進む道を選べない
自ら選ぶ事なく与えられる平和の方が、価値があったのだろうか?

今もキラの胸を突き刺す、漆黒の刄

その一言とは

「戦って下さい、キラ」

戦いたくない
戦いを終わらせたい

そう願いながら自分もまた剣を取ってしまった

自分が手にかけた人達は数知れない

「貴方は戦い続けなければならないのです」

すべての元凶……
憎むべき最高位の存在

人類の傲慢さを体現した青年

キラ・ヤマト

だからぼくは戦い続けなければならないの?

キラの口は重々しく嗚咽を洩らした

「ぼくは、もう…戦いたくなんかないのに!」

ラクス・クライン
君の心はもう、此処に非(あら)ず

あの時
フリーダムを託された時に、心に誓った

不殺(ころさず)の信念は奇(く)しくも破れ去ってしまった

償いきれない程の人達を殺めた罪は、もう一生許されない

守れもしないし救えもしない

悔しさと後悔の念に押し潰され、視界が滲む

涙が、零れ落ちる

痛みと約束の欠片が
頬を伝わりツゥーと流れ、跡を作る

もう、引きかえせない

堕ちながらも闘い続ける日々が始まる

消えることの無い咎人の刻印(きず)を負いながら

恋人、フレイ・アルスターの憂いは、最悪の形で現実のものとなった

キラは自分の手のひらを震えながら見つめる

少し紅が交じる真っ黒い

それはもう人殺しの名に相応(ふさわ)しい

どす黒い流血が手のひらを紅く染めていた







(フレイ…助けて)
(夢の終わり、無限のき地獄の始まり)

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