小説

□ごめんなさいと言えない
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ここはオーブ
高層ホテルの最上階

薄暗い酒落たバーからはガラス張りの窓の外に夜景が広がっている

紅髪の女性がカウンターに座り、佇んでいる

彼女の名はフレイ

停戦後、あの爆発に巻き込まれ大怪我はしたものの、奇跡的に生還を果たした

それから2年

彼女は一か月前に病院を退院することが出き、キラと一緒にマルキオ邸に住んでいる

フレイがここに来る時は何かしら理由がある

大抵が、言い方こそ悪いが愚痴を言ったり、疲れた時や、考え事をしたり、酔いたいときだ

その一時(ひととき)だけはすべてを忘れることが出来るから

ここは誰にも教えてない秘密の場所

ひとりこっそりとやって来ては、雰囲気や酒の味に酔っている

最上階のバーから眺める夜景が、フレイは好きだった
今は客も疎(まば)らで、フレイ以外は誰もいないに等しい

現在フレイは17歳

だが、その大人びた容姿や物腰から"大人"の女性に見られる

フレイの今の服装は、黒を基調としている
背中が空き大胆かつ、優雅さを漂わせる、スリットが入ったシックなドレス

大人に見られても違和感は全然わかない

ミキシンググラスに氷とドライジン、ドライベルモットを順に入れる

フレイは、気持ち憂いが混じった口調でバーテンダーに話し掛ける

目の前にいるバーテンダーが巧みな手捌(さば)きでシェーカーを振っている
バーテンダーはこちらに気付いた様子

「どうしたんですか?フレイさん」

フレイは常連客
バーテンダーは、常連であるフレイを優先的に、丁寧に接客をする

バーにいると不思議と気分が落ち着く

うっかり口が滑ってしまう
この照明と酒の香りのせいだろうか?

「また、彼と言い合いになっちゃったのよ。それでここに来たの」

フレイはバーテンダーの表情を伺いながら、苦笑混じりに俯(うつむ)く

「ケンカですか?」
「仕方ないじゃない……こういう性格なのよ、私は」

バースプーンで静かにステアして、冷やしたグラスに注ぐ

「どうしてこう、意地張っちゃうんでしょうね?」
「素直になれないんですね」

フレイは頼んだカクテルを待ちながら、コクリと頷(うなづ)く

「キラ、心配してるかしら?」
「キラと言うお名前なのですか?その男性(ひと)は」

バーテンダーは興味があるかのような素振りで、フレイに問う

「そうよ。多分、この世界で一番優しいわ。ちょっと気が弱い所があるけどね」

フレイは瞼(まぶた)を閉じ薄く笑う

「素敵な男性(ひと)なのですね」

なんとなく照れ臭くなって、後ろを振り向く

ネオンの光り輝く眼下の夜景を見つめる

「ええ、私が愛した男性(ひと)はキラだけよ」

気恥ずかしいフレイの気持ちを考慮し、あえて言葉の"意味"の追求はしないバーテンダー

レモンピールを絞りかけオリーブを飾る

慣れた手つきで、あっという間にバーテンダーが注文したマティーニを作り上げ、フレイの前に置いてくれた

「お待たせしました。マティーニです」

コトン…と、静かな音を立てて置かれたマティーニをそっと見つめる

「不思議な色ね」

マティーニのカクテルグラスを揺すりながらフレイが言う

フレイはこれを注文してよかったと思った

グラスを手に取りゆっくり味わう
そうすれば脳がアルコールを取り込み、適度に酔うことが出来るから

貴方を、貴方だけは
決して失いたくないから







(酔わずにはいられない)
(貴方のことを考えるだけで…私は、こんなにも胸が苦しくなってしまうから)

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