小説

□辛辣アンチテーゼ
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フレイはナタルに促されるまま救命艇へと急いだ

その後、アズラエルとナタルのいるドミニオンはアークエンジェルに撃たれた

わけがわからなかった

数人のクルーと一緒に虚空の宇宙に放り出され、ただ…助けが来るのを待つしかなかった

フレイは救命艇の中から舷窓(げんそう)をそっと仰ぎ見る

外を眺めながら思いを募(つの)らせていた

誰かが助けに来るまで、フレイは宇宙(ソラ)を漂流しなければならないのだ

今までこんな気持ちを知らなかった

まるで天国の底に落ちていく様な暗い孤独に…

「キラ……」

謝りたかった

復讐の対象として近づき利用したコーディネイターの少年に

クルーゼに脱出ポットに乗らされ、放り出されて、国際救難チャンネルに繋ぎ、必死にアークエンジェルに向かって呼び続けていた

「……フレイ…っ!?」

確かに聞こえた

あれは間違えなくキラの声だった

「キラッ…!!」

生きていてくれた

キラは必死に自分を救おうとしてくれた

あんなにたくさんの罵声を浴びせたのに

嬉しかった…

ただ、それだけが無情に嬉しい

また離れ離れになってしまったけど

キラ

私を愛してくれた
たった一人の貴方…

私、貴方に謝りたいの

謝っても許されないかもしれない

けど……私は

謝って、もう一度最初からやり直したい

「キラ、キラに会いたい」

不安を掻き乱すかのように顔を俯(うつむ)かせる

と、その時

何かが物凄く早いスピードで動いている

激しく飛び交うドラグーンを素早く躱(かわ)す白の機体と、重厚な灰色の機体が交戦していた

フレイは舷窓に張りついておもむろに様子を見つめる

背に十枚の翼を広げた機体が、こちらに気付き近づいてくる

白く輝く巨体が目に焼き付く

ゆっくりと近づくその雰囲気にフレイは感じた

自分にいつも優しく笑いかけてくれた、憎んでいたはずのキラ

恨みに恨んだコーディネイターのキラ

キラ・ヤマト

灰色の機体は救命艇めがけてビームを放った

一筋の光が少女を死へと誘(いざな)う

手を伸ばし、すかさずシールドでビームを防いでくれた

機体ごしに安堵の表情でこちらを見つめる眼差しが、目の前に浮かび上がり伝わってくる

「キラ……」

フレイは瞳に涙をたくさん浮かべ、心底嬉しそうに微笑む

刹那、
何かが弾けた

救命艇は火の海に包まれ一瞬にして爆発した

キラの表情が焦りに変わり、手を伸ばすが爆風によって機体が飛ばされた

痛みはなかった

炎に包まれ身体は数秒で蒸発し、宇宙へと散った…

キラの乗った機体はまるで奈落の底へと堕ちていくように下降する

キラの心も音を立てるかのように崩れていく

この時、彼女は見ていた美しい青灰色の瞳を通して視(み)たのではなく、魂として――生命エネルギーたる意識体として、観ていた

信じたくなかった

喪失感と絶望の狭間で胸が張り裂けんばかりにズキン、と痛みだす

絶叫はすぐに届いた

音としての叫び

喉を破って血を迸(ほとばし)る

魂の奥底から搾り出された激情の荒波――

それはキラの精神が軋む音だった

フレイの死に嘆き、自分を責め、クルーゼへの憎悪をたぎらせる、癒しようもなく傷ついた心の叫びだった

眦(まなじり)から溢れる雫がヘルメットの中に集まっていく

フレイは肉体こそないがキラの様子をずっと見ていると、いたたまれなくなる

精神エネルギーの渦の中にありながら、確固たる自我を持ち、フレイはまだ“個”であった

精一杯の力を振り絞り生前の姿を形成した

キラの前に姿を現すと、彼は驚愕しながら声を荒げる

「キラ…ごめんね」

貴方がこんなにも自分のことを想っていてくれたのかと少しだけ嬉しくなり、その何倍も辛さを感じる

「ずっと謝りたかった……」

泣きながら私の名前を叫ぶキラ

「苦しかった」

首を振り否定するかのように、澄んだ紫の瞳で私を見てくれる

「怖くて……ずっと……」

キラをこうまでひどく苦しめてしまったことに、後悔の念を感じる

「知らなかったから……」

「私、何もわかってなかったから……」

支えてあげたかった

貴方と平和な世界で共に歩んで行きたかった…

「でも今……やっと自由だわ。とても素直に貴方が見える……」

貴方に生きてほしい

それが今の私の願い…

フレイがキラに近づき、赤子を抱く聖母のように優しく包み込む

泣いているキラを宥(なだ)めるかのように

「だから、泣かないで……」

ずっと貴方を見守るから

「貴方はもう泣かないで」

貴方の中に私は生きているから

キラの肌にまるで、抱き締められているかのような温かさが伝わってくる

「守るから……」

安寧(あんねい)の中、フレイは穏やかに、にこりと微笑(わら)い

「本当の私の想いが……貴方を守るから……」

あたたかさが魂の奥底まで染み込んで彼の心の悲しさを拭う

フレイはキラの中へと溶け込むように消えていった…

やっと逢えた
本当の貴方に…

二人は本当の意味で邂逅を果たした

貴方の中に私はいる
ずっと一緒に…

貴方との未来はもう無いけれど、“明日”がある

今までの思い出の中で貴方と共に生き続ける

生きる世界が違ってもそう、永遠に……



(例え選ぶ道が違ってもきっと貴方を愛するわ、私)

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