ぷれぜんと

□あぁ愛しき日常よ、どうか
1ページ/1ページ


『何故だ?何がお前をそこまで駆り立てる』

男の声が悲痛さを持って響く。それは私の心を締め付けて、連動するように口の中はカラカラに乾いていた。

『……もう遅いのだな、何もかも』

男の顔が苦渋に歪んだ。それでも、次の瞬間には決意に満ちた瞳を私に向けて、己が武器を構えてみせる。ギラリ、と物騒に輝くそれを、男は戸惑いもなく私に振り下ろさんとするのだろう。

『ならば、致し方あるまい。俺は、お前を、ここで止めてみせる……!!!』

ピーーーーンポーーーーーーン

整頓な顔立ちの男の決め台詞は、何ともお間抜けな音によって遮られた。いやいや、それでも私はそれどころではない。あぁ、そうとも!それどころではないのだ。お間抜けな音を無視して、気の抜けそうな気持ちを奮い立たせ、いざもう一度と目の前の男に目を向けたところで、

ピンポンピンポンピンポンピンポンピーーンポーーン

…………いやうるせぇよ。もはやホラー通り越してギャグだわ馬鹿野郎が。

お間抜けな音、つまりチャイムをここぞとばかりに鳴らす存在に、私の額には青筋が浮かんだ。部屋を飛び出して玄関に向かい、怒りのままに扉を開け放つ。

「ウルセェー!!!誰だ馬鹿野郎!!!今最終章まで行ってんだぞ!!!セーブしたのいつだと思ってんだこれで負けたらぶっ殺……ひえっ」
「…………原稿の進みを確認しに来たんですが、へぇ、ゲーム。へぇ……」
「あばばばばばお疲れ様でした」
「おっと待てやコラ」

目の前の彼に慌てて扉を閉めようとすれば、ヤクザもビックリの手際の良さで足を挟み込まれ、強制的に捻じ入ってきた。清々しい笑顔は殺気に溢れているこの物騒な男は、間違いなく私の小説の担当をしてくれている人物だった。ガサリ、と手に持ったビニール袋が似合うフツメンぶりである。え?褒めてる褒めてる(笑)

「よかった、原稿の進みはよさそうだな?」
「アハッアハッアハハッ」
「ゲームやってたくらいだ、そうだろ?」
「殺せよ……いっそ殺せよ……」

部屋に案内しつつ馬鹿みたいなやり取りを繰り返す。担当さん的にはお仕事で来たのに私がゲームやってりゃ怒るわな。私なら半殺し必須だわ。まぁ反省はしませんけど。

部屋に入って出迎えてくれるのはポーズのままで止まったテレビ画面だった。続きやりたい、と担当さんをチラ見したが、下手なことをすればこのまま電源を落とされかねないので大人しくしていよう。コイツが帰ったら即続きやります、早く帰らねぇかな。

興味深そうにテレビ画面を眺める担当さんからコンビニの袋を受け取って中身を確認する。あ、やった、珈琲ゼリーだ!気が利くゥ!!!

「何このゲーム?面白い?」
「私は結構好きだよ。なんか、主人公が悪役サイドで、友人の勇者が主人公を救おうとする物語」
「……普通逆じゃね?」
「だから面白いんでしょー」

ふぅん、と相槌を打ちながらゲームのパッケージを眺めて始めた担当さんを横目に、机の上を漁る。机が汚いとか言うんじゃねぇよ、仕事上しょうがねぇだろ。資料資料。そこに置いてあるゲーム攻略本とか完全スルーしてください。

私は普段パソコンから文字を書き起こしているが、行き詰まれば印刷して紙媒体から読み直し構想を練り直すタイプなので、確かその印刷した紙がここら辺にあったのだが。
ごそごそと探していれば、担当さんは興味が逸れたのか勝手知ったると言わんばかりに奥のキッチンへ向かって行った。まぁ担当さんだからね、ある程度は好きにすりゃいいと思います。

結構な時間探していたが見つからず、首を傾げる。ふと首を回して本棚を見れば、収まる本の上に原稿が重なっていて、あぁこんなところにあったのかと手に取った。

「見つけた見つけた」
「ありました?あ、はい、コーヒー」
「うん、これ。珈琲ありがと」
「拝見しますね」

ヒラヒラと片手を振って、原稿を受け取った担当さんはすぐに目を通し始める。真剣に文字を追う姿を見るのは、作家としても、私個人としても、中々気分がいいものだ。
受け取った珈琲を啜りつつ、私は担当さんが読み終わるのをゆるりと待った。うん、珈琲美味しい。

「…………なんだ、結構書けてるじゃん」
「そこから行き詰まったからゲームしてたの〜」
「ゲームを正当化させるんじゃねぇよ。ここで丁度いいし前の伏線回収させちゃえばいいんじゃないですか」
「え?どこの?」
「いやだから、夢のくだりの……つーか伏線多すぎ。月のところは削っとけ、絶対回収できないから」
「表現上手くいったのにー!」

だがしかしなるほど、伏線をここで回収させる、か。それもいいかもしれないな。
ふむ、と頷きながらメモに取っていれば、担当さんは不意に「あー」と唸るように声を上げた。なんだよ怖いな、やめろよそういうの。

「あのさぁ……いや、ほんと、断ってくれても全然いいんだけど」
「何?」
「前に、恋愛心理描写が上手くなったって評価上がったって話あっただろ?それで、その……」
「恋愛小説でも書いてみないか、って?」
「……いや、恋愛小説ってか……官能小説」

…………馬鹿かコイツ?

いや、うん、評価は上がるのは嬉しい、仕事が増えるのもまぁ嬉しい。うん。うん……いや、馬鹿かコイツ?(2回目)

「セクハラじゃん……勇気あるね……死ぬ……?」
「待って、本当に待って。だから断ってもいいって言ってんだろ!俺だって仕事で言ってんだよ!!」
「仮にも女の私にエロ本書けって言ってくるとか……ウケる」
「やめろよ俺を社会的に殺そうとすんのォ!!!」

わっと手を覆って泣き真似をする担当さんの頭を軽く叩いて、残りの珈琲を飲み干した。「だから言いたくなかったのに!編集長の馬鹿野郎!」と喚く担当さん可愛い。こういう反応するからからかいたくなるのに〜。

「とりあえず、選択肢をくれるなら私は書かないよ。私の作風じゃ絶対無理でしょ」
「逆に面白そうではあるけどな……」
「編集長に言っといてくれる?死んでって」
「それを俺に言わせるのか!!?」

無理無理無理、と首を横に振る担当さんにとりあえず笑顔を向けておいた。そこは言えよ。あの人めちゃくちゃいい人だからそのくらいじゃ多分怒らないというか、笑い飛ばすぞ。どんだけ編集長に頭上がらないんだよ逆に何したの???

項垂れる担当さんに珈琲ゼリーの行方を聞けば、冷蔵庫と返ってきたので本当にこの人有能である。ハァ〜これだから気が利く人種ってのはずるいんだよ全くよォ〜

「あ、そういや先生」
「んあ?」
「アンタ、一応女なんだから玄関出る時確認しろよ。何があるか分かんねぇだろ」
「いや何も無いでしょ……大丈夫大丈夫」
「人としての義務だよ馬鹿。自衛しといて悪いことはないんだ、ちゃんと誰が来たか確認くらいしろ」
「…………過保護」
「なんとでも言え」

ふん、と鼻を鳴らす担当さんに肩を竦めつつ、あぁそれなら、と声をかけ直す。いや〜〜これずっと考えてたんだけどね、言うタイミング逃してたんだわ。いい機会だし提案してしまおう、ウン。

「合鍵作るから担当さん貰ってよ」
「あ〜……合鍵あれば楽だよなぁ〜……、……はい?」
「実質、担当さんもその方がよくない?もう担当さんの家みたいなもんでしょ、ここだって」
「ばっ、おまっ、いや、ええ……」
「嫌なの?」
「そっ!……そういう、わけじゃ、なくてだな……」

徐々に尻すぼみになってモゴモゴと口の中で何かを呟き始めた担当さんに首を傾げつつ、珈琲のおかわりのために席を立つ。
担当さん、私のためには珈琲入れてくれるけど自分の分はいれてこないんだもんなぁ。しょうがない、先生特性スペシャル珈琲をいれてきてあげよう。

「じゃ、合鍵出来たら担当さんに渡すね」
「え、いや、でも、その」
「担当さんは悪用しないでしょ、大丈夫だって。そこらへんは信用してんだからさ」
「……嬉しいような嬉しくないような……」
「素直に喜べよ」

いつもの調子を取り戻し始めた担当さんに、知らず口には笑が浮かぶ。私は、そう、こういったなんでもない馬鹿みたいな日常が、たまらなく愛おしいのだ。

「(はやく合鍵作らなきゃなぁ)」

香る珈琲の匂いに酔いしれながら、業者に連絡するという予定を組んで密かに笑う。




その合鍵は、結局担当さんに渡されることなく机の引き出しに仕舞われ続けることになることを、この時の私も、勿論担当さんでさえ、知り得ることは決してなかった。



.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ