短編

□2日目
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「名無しさん、後で私の部屋に来てくれ」

「部屋?な、なんですか?」


部屋というワードに多少なりとも警戒心を抱く。


「大丈夫、何もしないから。してほしいならするけど」

「遠慮しときます」


散らかっていた資料などを片付けた後、私は言われたとおりエルヴィン団長の部屋へ向かった。

行きたくないけど、一応一週間は恋人ごっこをするって約束だから仕方ない。

私はこう見えて約束は守るタイプだ。


「失礼しまーす」

コンコンと二回ノックすると中から低くて上品な「どうぞ」という声が聞こえてきた。


「来てあげましたよ。で、どうしたんですか?」

「まぁまぁ、とりあえず座って」

「もったいぶらないでくださいよね」

「こうすれば君と長くいられるだろう?」

「馬鹿みたいなこと言わないでくださいよ」


どうしてこういうことをさらっと言えちゃうんだろうか、調査兵団団長様は。

しかもなかなか様になっていると言うのがむかつく。


「って団長、隈酷いんですけど大丈夫ですか!?」


私は団長のことは単純に尊敬している。

すごい器量の持ち主だと思っているし、この変人の集まりを束ねられるのは彼だけだと思う。


「名無しさんのことを考えていたら眠れなかったんだ」


こんなことを言っているけど絶対嘘だ。

だって机の上には書類が山積みになっている。


「はぁ…しっかりしてくださいよ。体調管理が出来てこそ一人前の兵士じゃないんですか?」


これは私が風邪で寝込んだときに団長に言われたことだった。


「名無しさんの笑顔を見れば回復するから大丈夫だ」

「全く、いい大人が何言ってんですか?もう、寝てください」


そういうとエルヴィンの表情が明るくなった。


「名無しさんが添い寝してくれるのかい?」

「セクハラで訴えますよ?」

「…膝枕でいい」

「何自分が妥協してやったみたいな顔してるんですか!
ああもう!ちょっとだけですよ!?
涎たらしたら落としますからね!?」

「ありがとう、名無しさん。おやすみ」

「おやすみなさい」


しばらくすると静かな寝息が聞こえてきた。


「ふぁ〜、私も眠くなってきちゃった…」


私の目蓋は重力に逆らうことなく閉じた。


「んん…あ、寝ちゃった…」


目が覚めると私は団長の執務室のソファに寝かされていた。

視界の隅には大量の書類と向き合う団長の姿も確認できた。


「おはよう、名無しさん。可愛い寝顔を見せてくれてありがとう」

「団長!?ご、ごめんなさい!私寝ちゃって…」

「いいんだよ。名無しさんが膝枕してくれたおかげでよく眠れたよ」


私はなんだか申し訳なくなった。


「お、お詫びに…また眠れないときがあったら膝枕、してあげます…」


自分から言うのは癪だけどこれくらいならいいかな。


「ありがとう。あ、そうだ。私の部屋に呼んだ理由なんだが…」


団長は私の髪に手を伸ばした。


「鏡で見てごらん?」

「うわぁ…綺麗…!」


鏡に映る私の髪には綺麗な髪飾りがあった。


「この前内地に行ったとき渡そうと思って買ってきたんだ」

「でも、これ…高いんじゃ?受け取れませんよ…」

「名無しさんが使ってくれないと無駄になってしまうよ?」

「…じゃあ勿体無いから貰ってあげてもいいですけど…?」


団長は、素直に嬉しいと言えない私のどこが好きなんだろうか。

私には到底理解できない。

調査兵団は団長が変人だから変人が集まるんだなと実感した一日だった。

団長の寝顔にドキドキしたっていうのは私の心の中に秘めて墓場まで持っていってやるんだから。

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