まだタイトルは有りません

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最近、一週間程前、酔った勢いで買ってしまった観用人形。名前はテツヤと言うらしい。
テツヤは見た目10歳程度で、物静かだ。まあ、子供らしくボクの後ろをひよこの様に着いてくるが邪魔をしてこないし、何をするわけでもなくボクのする事をじっと見ている。
そして、暮らしていてわかったことだが、テツヤの髪は夜にだけ月のように淡く光るが、昼間になるとその輝きは無くなりふわふわと風に靡くだけだ。


「…ん、」


朝、目を覚ますと腰の重みを感じる。布団を捲って見ればそこにはテツヤが居り、ボクの腰にしがみついてきていた。最初は隣で眠っていただけだったのだけど、いつの間にか腰に抱きついてくるようになった。ボクが寝相悪かったらどうするのだろうか。
そっと、テツヤを起こさないように起きあがり腕を離させようとするが、テツヤも目を覚まし、ボクと一緒に洗面所へ向かう。
しかし、テツヤの寝癖は酷い。柔らかい猫っ毛だからか、あちらこちらへと飛び跳ねていてこれを直すのは結構苦労する。
テツヤの髪を整えてやれば、次はテツヤの食事だ。
観用人形用のミルクを一杯、一肌に温める。温めている間に自分の朝食にするトーストを焼く。昔、朝は和食だったが、自分で自炊するようになってからは作るのが面倒くさくなって朝はトーストだ。
温まったミルクとトーストを持って、待っているであろうテツヤの元へ行けば、待ってましたとばかりに目を輝かせている。
カップを渡してやり、目の前に座ってミルクを飲んでいくテツヤを見る。小さな両手でカップを持ち、小さな口をカップの縁に付けると一気に煽り飲んでいく。
観用人形の見所と言えばこの後だ。ゆっくり口を離すと、普段余り表情が変わらないテツヤの顔が大輪の花が咲き誇ったかのような満面の笑みを浮かべる。
何でも、どんなに金持ちで傲慢な持ち主だろうと、朝昼晩のミルクやりは他の者にさせないんだとか。まあ、わからないでもないか。


「テツヤ、付いてる」


口の端に付いてるミルクをぬぐってやり、自分の冷めたトーストを食べ始める。
僕が食べている間、何が面白いのか食べているのを興味津々で見てくる。
テツヤは基本、僕がやることをじっと見つめ、同じように真似したがる。家で書類整理とかしていれば、チラシを持ってきてペンで何か書いているし、テレビを見ていれば隣に並んで同じような体勢でテレビを見ている。
まあ、邪魔をしてくるわけじゃないから全然構わないけど、テツヤは何が面白くてやってるのか…。
トーストを食べ終え、コーヒーを飲むと机に置いてある、飴玉が詰まった瓶の中から、きらきら光る大粒の飴玉をひとつ摘まみ出す。


「テツヤ、口を開けて」


飴玉を見せるとテツヤは、あーん、と小さな口を一生懸命開けて待つ。少しアホ面なその顔に笑い、口の中へ飴玉を放り込んでやる。
かろ、と音を立てて飴玉を舐め始めたテツヤから、甘い香りが強くなった。前から思っていたが、このテツヤから香る匂いはなんだろう。甘く、花というよりもお菓子のような甘さで、しかし甘ったる過ぎず、その香りに香水のようなしつこさはない。もう一度、香りを嗅ごうとすると香りはなくなり、霧散してしまい、また忘れた頃にいつの間にか香っている。不思議な香りだ。


「…ああ、そろそろ時間がヤバイな」


テツヤと一緒に居るとついのんびりしてしまう。
慌ててスーツへ着替え、テツヤが持ってきたネクタイを結ぶ。確か今日の会議は昼からだったよな。それまでに書類の見直しをして、桃井にコピーを任せて、ああ、確か3時から…。


「…テツヤ?」


ふと見ると、テツヤはもう一本ネクタイを持っていて、それを自分の首に巻きつけていた。
何してるんだと見ていれば、一生懸命ネクタイを結ぼうとしている。ああ、ボクの真似をしていたのか。


「テツヤ、貸してごらん」


ネクタイを同じように結んでやれば、テツヤの着ている服には似合わないが、ボクと同じようにネクタイを首からぶら下げる。
今度ネクタイが合うような服でも買ってやろうかな。


「よく似合っているよ」


柔らかい髪を撫ぜるように頭をくしゃりとし、そろそろ行ってくるねと声をかければ、途端にテツヤの顔が寂しさをにじみださせる。
けど、行動では何もあらわさず、少し俯いてネクタイを握るだけ。
テツヤは一人遊びが出来るが、案外寂しがり屋だ。傍に誰かが居る事で安心するらしく、傍に誰も居ないと凄く不安がる。
だから、ボクが仕事で家を出るときはあまりいい顔をしないし、行動にはあらわさないが、引きとめたそうにする手を止めるために、自分の服を握るのが癖だ。
けど、テツヤを連れていくわけにはいかないから、ボクはそれに気がつかないふりをして家を出る。










(家に帰ってくると、彼は走り寄ってきて抱きついてくる)(お待たせ、と頭を撫でてすぐ、ミルクを温めてやる)(それがボクの日課)

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