コバナシ
□manicure
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「あっ!」
現代から持ってきたカバンの中身を今更ながら確認していたら、
マニキュアが1本、転がり出てきた。
淡いピンクベージュのそれは、いざという時用に常備していたものだ。
「まだ使える、よね?」
瓶を軽く手の中で転がしてみる。
幸い今日は特にする事もなくて暇を持て余していた。
「よし!」
部屋の中が臭くなるのは避けたかったので、廊下に出てみた。
天気も良く、風も強くはないようだ。
早速塗ろうと思ったが、そのままでは塗りづらい。
膝を立てたいところだけれど、それはさすがにマズいように思って、部屋から文机を持ち出してきた。
「よいっしよ!っと」
改めて机に座り直しゆっくりと1本ずつ塗っていく。
久しぶりだった割にははみ出ず上手く塗れたように思い、
ひとり微笑んでつややかな光沢がのせられた爪を眺めた。
「あとは待つだけだけど、これが結構ヒマなんだよね〜」
何か読もうかと思ったが、御簾の上げ下ろしで傷をつけたらまたやり直しになってしまうと、諦めてそのまま座っていることにした。
時折暖かい風が吹き抜け、眠気を誘う。
「ね、眠くなってきちゃった…」
と、そこに家盛がこちらへ向かってくるのが見えた。
「ちよさん?」
「あ、家盛さん。いいお天気ですね。」
「何をしているんだ?」
「えっと、爪に紅を塗っていたんです。」
「爪に?」
文机に載せられたちよの手を見ると爪が淡いピンク色に染まっている。
「すごい。綺麗だ。」
「ありがとうございます。でも乾くまで何も触れなくて…」
「そうなのか。」
すると突然家盛は踵を返しどこかへ行ってしまった。
「え?家盛さん?」
元からひとりでいたのになんだか取り残された気分になってしまった。
「早く乾かないかなぁ…」
「そんなとこで何やってんだ?」
「あ!清盛さん!おかえりなさい。」
清盛が外出先から戻って来て、廊下でぼーっとしているちよを見かけてやって来た。
「爪に紅を塗って乾かしていて…」
「そんで動けなくなってんのか。」
「ええ、まぁ。」
「間抜けだなー。」
笑いながら清盛さんは屋敷の中に入っていった。
「んー。あと少しかなー。ああもう暇!」
ひとり愚痴ていると、声を聞きつけたのかノリちゃんも顔を出した。
「あら!マニキュアね!乾いたようで乾かないのよね!忍耐よ!ちよ!」
そういって彼は凄い勢いで部屋へ戻って行き何かを抱えて戻ってきた。
「え、ノリちゃん、これって…」
「抱き枕よ!その体制じゃツラいでしょ!これで乗り切るのよ!」
「わー、うれしい!ありがとう!」
文机から移動して抱き枕を抱えるように膝にのせた。
「楽チン!ステキ!」
2人でキャアキャア言いあっていると、そこに家盛が戻ってきた。
「ちよさん、口を開けてくれないか?」
「?」
口を開けると家盛が飴を一粒放り込んでくれた。
「美味しい!ありがとうございます、家盛さん。」
「手が使えないと言っていたから。」
顔を少し赤くしながら家盛が答える。
「ちよ、ほらこいつと昼寝してろ。」
今度は清盛がまろを抱いて歩いてくる。
にゃー
まろを抱き枕の上に載せると、数回グルグル回り寝床を確かめて丸くなった。
「なんだか、お姫さまみたいです。」
ちよはうれしくなって皆にそう言って微笑んだ。
「あら!最初から姫じゃないの!何言ってるのよ!」
「そうだな。」
「間抜けだけどな。」
「清盛さん、ひどいです!」
「そうかー?」
「兄貴はちよさんに失礼すぎる。」
「あら!家盛さんたら王子様みたい!」
静かだったはずの廊下でワイワイと盛り上がる。
とある日の昼下がり。