許婚者

□本音
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その店は何度か来たことがあったから、勝手知ったる調子でアスランたちは奥まった席が空いてるのを見付けて早々に陣取った。が、いつもなら絶妙のタイミングで現れる黒服が、何故か今日は少しだけ遅い気がした。だがほんの一瞬のことで、そんな些細なことはすぐに頭の片隅からも消去される。
膝を付いておしぼりを渡してくれる黒服は、何事もなかったように如才無く来店の謝辞を述べた。アルバイトの中でも中堅クラスの、アスランも何度か見たことのある顔だ。
こういう店では客の会話を邪魔するのはご法度。彼も当然心得ているから、飲み物のオーダーを取ると、静かにその場を立ち去った。

何とはなしに後ろ姿を見送っていたアスランに、友人の一人が身を乗り出すようにして話を振ってきた。
「で?いつになったらアスハの姫を紹介してくれるんだ?」
友人たちの中でも一番お調子者の彼のその言い草に、鼻の頭に皺が寄る。しかしいっそ茶化してくれた方が有り難いかもしれない。
「紹介か…。正直あまりしたくない」
「あ!?何でだよ!?もしかして勿体なくて見せられないってくらいの美姫なのか?」


美姫。

ああそうだろうとも。同性婚が認められているとはいえ、それは建前的なもので、普通男が結婚するのは最低でも女だ。
何に於いても“最高”を冠してきたアスランは、それに恥じない努力もしてきたつもりだ。なのにここに来て――…。

「サイテーだ」
もう全部ブチ捲けてしまおうと思った。そんな自暴自棄な思想を持ったとて、今のアスランを一体誰が責められるだろう。





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