難儀なことだ

□難儀なことだ9
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雅時は倒れた几帳を立て直すと、自らも夕食をとるために食堂に赴いた。
食堂はかなり混雑しており、非常に騒がしい。
席はほとんど空いていない。
葵音もこちらには気づいていない様子で、取り巻き達と楽しそうに夕食を食べている。
出直すか、と思い踵を返す。
すると、名を呼ばれた。

「雅時君!」

振り向くと、机についているくのたまが手を振っている。同じ机には文次郎、仙蔵、兵助がいた。
手を振ったくのたまに近寄る。

「何やら珍しい顔ぶれだな、瑶子(ようこ)。」

手を振ったくのたまは、くのたま六年の桐崎瑶子(きりさき ようこ)だ。
仙蔵に劣らないほど美しい艶やかな黒髪を持ち、腰まであるそれを結い上げている。
美しい顔立ちで、常に笑みを浮かべている。常に笑みを浮かべているという点では雅時と瑶子は同じだが、雰囲気はまるで違った。
上品でどこか威厳があり、清雅さを感じさせる雅時に対し、瑶子は上品で優雅でありながらも艶然としている。ようするに、艶麗な女性なのだ。
雅時の感想に、瑶子が笑う。
優雅で艶然としながらも、邪悪さが少しうかがえる笑みだ。

「ふふふ…天からいらっしゃった可憐で弱々しいお姫様のお話をしていたのよ。貴方もいらっしゃい。」

心底楽しそうに瑶子は言う。
間違いなく、葵音のことだ。

「お誘いを断るようで申し訳ないが、私は天女様に興味はない。」

「まぁ。彼女、なかなか面白い方よ?」

「面白い?」

雅時は首をかしげた。あの女のどこが面白いのか、全く分からない。
そんな雅時を見て、瑶子が笑みを深くした。

「なるほど、何が面白いのか分からないのね。じっくり話してあげるら、食事を取っていらっしゃい。」

瑶子の発言で、雅時は笑みを浮かべた。典雅でありながら、邪悪さが滲んだ笑みだ。

「ほう、そこまで面白い話か。」

雅時の問いに、どこか無邪気に、歌うように瑶子は言う。心底楽しそうだ。

「ええ、間違いなく。どんな英雄譚よりもわくわくして、どんな恋物語よりも胸がときめくお話よ。いっそ甘美ささえ感じるほど。」

「なるほど、面白そうだ。食事を取ってくる故、しばし待つがよい。」

雅時と瑶子の会話を聞いていた仙蔵と文次郎、兵助の三人は顔を見合わせた。

「相変わらず、雅時と瑶子の会話は悪巧みにしか聞こえんな。」

「俺、あの会話についていけねぇ…。」

「雅時先輩と桐崎先輩の会話っていつもあんな感じなんですか?」

「ん?ああ、久々知は初めてか。いつもあんな感じだ。私達にはついていけん。なぁ、文次郎?」

「おう。」
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