□楔 1
2ページ/4ページ

翌朝仙蔵と文次郎が雅時の部屋を訪ねると、雅時の姿はなかった。扉の前に置かれた几帳から部屋の中を覗くと、きれいな部屋に寝間着と制服が綺麗に畳まれて置かれていた。
任務に出るとき、万が一捕まっても忍術学園の生徒だと分からないように黒い忍装束を着ていく。制服と寝間着が置かれている、ということは雅時が黒い忍装束を着て任務に出たということだ。
二人はそれを理解し、朝食のために食堂に向かった。


食堂に着くと、席に座っている小平太が二人に手を振った。

「文次郎!仙蔵!こっちこっち!」

同じ席には留三郎、伊作、長次もいる。
朝食を受け取ると、二人は小平太達がいる席に向かった。
二人を見て、伊作が首をかしげた。

「あれ、雅時は?」

「俺はあいつのこと、一昨日から見てないが…。」

「うん、留三郎と一緒で私も一昨日から見てないな。」

「…もそ。」

恐らく、四人とも雅時が
任務に出ていると想像はついているのだろう。文次郎は頷いた。

「雅時の部屋を覗いたら寝間着と制服が置いてあった。」

「まぁ、私達が気にしても仕方なかろう。」

仙蔵の物言いは一見冷たいが、気にしたところでどうにかなるものでもない。
五人は賛同すると、朝食を食べ始めた。
食べている最中、一年は組が食堂に入ってきた。彼らは文次郎達を見ると口々に挨拶し、それから首をかしげた。

「はにゃ?食満先輩、九十九院先輩は?」

「そういえば僕、一昨日から見てないです。」

問うたのは、用具委員所属の喜三太としんべエだ。
だから、問いには留三郎が答えた。

「雅時は学園長のお使いの途中なんだよ。あと少しで帰ってくるだろ。」

一年は組の一同はへー、と気が抜ける返事をした。その返事には、どこか寂さが滲んでいた。


ちょうどその頃、兵助は尾浜、竹谷、雷蔵、三郎と共に朝食を食べに食堂に向かっていた。
五人には気にかかることがあった。それを、兵助が口に出した。

「今日は雅時先輩に会えるかな?」

「ああ、どうだろうな。昨夜のうちにお帰りになってるなら会えるだろうが…。怪我などされてないといいな。」

五年生となった今、自分達も学園長のお使いと称した任務につくことが増えた。だから、一昨日から雅時を見かけない理由も見当はついている。
兵助に答えた三郎に対し、竹谷が驚きを示した。

「まさか三郎が雅時先輩を心配するとは思ってなかった。」

「何言ってるんだ。雅時先輩はあの天女様の洗脳を解いてくださった恩人だぞ。心配くらいはする。なぁ、雷蔵。」

「うん、そうだね。話しかけにくい人かと思ったらそうでもないし。委員会とかも快く手伝って下さるし、僕は鍛練を見てもらったこともあるよ。優しくていい先輩だよね。」

三郎と雷蔵の話を聞いて、兵助と竹谷は複雑な気持ちになった。
自分が尊敬し、慕っている先輩が好かれるのは嬉しい。だが、天女が去ってからその人数が増え、雅時の周囲には以前よりたくさん人が集まるようになった。すると、自分が雅時と話す機会も減ってしまった。以前は頻繁に来てくれた委員会の手伝いも、雅時はたくさんの委員会に手伝いに行くようになって来る回数が格段に減った。
たまに鍛練に付き合ってもらってもいたが、最近ではそれも少なくなっている。その代わり、一年生の遊び相手をしたり、葵音が去ってから雅時を慕い始めた後輩の勉強や鍛練に付き合っている姿を見かける。
別に雅時が自分達を蔑ろにしているわけではないということは分かっている。以前と変わらない態度で接してくれているし、回数が減ったとはいえ委員会の手伝いも鍛練にも付き合ってくれる。雅時は何一つ変わっていない。
だが、寂しさを感じた。
その感情が兵助と竹谷の表情に浮かんでいたのだろう。尾浜が二人を見て笑った。

「ははは、なんだ、二人とも。雅時先輩に構ってもらえなくて寂しいのか?」

「ち、違う!」

兵助は慌てて否定する。が、顔がわずかに赤く染まっており、逆効果だ。
この中で一番雅時を慕っているの兵助なのだ。

話しているうちに、食堂に着いた。五人は少し期待して食堂を覗きこむが、雅時の姿はなかった。
竹谷と兵助は露骨に落胆を示した。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ