難儀なことだ

□難儀なことだ16
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留三郎に会おうと廊下を歩く雅時を見て、すれ違った下級生は顔をひきつらせた。
歩く時の上品かつ典雅な動作。それは普段と変わりない。
だが、雅時は静かながらも端から見ても分かるほどに激怒していた。普段は一切たてない足音も、今は僅かにたて、早足で歩いている。
しかも、手には何時もの蝙蝠扇(かわほりおうぎ)ではなく鉄扇を持っている。
そんな雅時に、勇敢にも話し掛けた者がいた。
尾浜、滝夜叉丸、田村、雷蔵だ。
四人が雅時に向ける瞳には、明らかな怒気が確認できる。
恐らく一番学年が上だということでか、尾浜が雅時の前に立つ。

「九十九院先輩、まだ天女様に「黙るがよい。」

恐らく、葵音に謝れとでも言いたかったであろう尾浜の言葉を遮る。
そして、怒気が籠った、そして普段の様子からは考えられない冷たい声音で言葉を続ける。

「生憎、今私は非常に機嫌が悪い。留三郎…いや、食満の居場所を言うがよい。」

殺気すら感じるその様子に、四人は硬直した。戦場に慣れている六年生ならまだしも、四、五年生はまだ殺気というものにまだ慣れていない節がある。
雅時の出している殺気は、戦場のそれと類似する。
冷や汗すら滲み始めた田村が、やっとの思いで答える。

「け、食満先輩なら、天女様と一緒に食堂に…。」

その声は、声を出す、というよりは絞り出す、と表現した方が適切だった。
雅時は、そんな田村の様子には一切の興味を示さず、四人をすり抜けた。

「田村、そなたに感謝を。」

すれ違う時に言われた感謝の言葉。感謝の言葉というのは、通常は言われて嬉しいもの。だが、今回ばかりは四人の胸に喜びではなく安堵が広がった。



雅時は食堂にはいると、すぐに葵音と葵音の取り巻きがいる方へ歩く。取り巻きの中には、留三郎、伊作、小平太、三郎、そして振りをしているだけの仙蔵、兵助、竹谷がいた。
葵音は雅時に気付くと怯えたような様子を見せ、取り巻き達は睨みつつも僅かに勝ち誇ったような顔をした。

「おや、九十九院先輩、やっと天女様に謝りに来たんですか?」

三郎の問いを、雅時は冷然と黙殺する。目線は留三郎だけに向いていた。

「食満、話がある。」

「は?俺に話す前に、天女様に話をするべきだろ?」

「天女様には申し訳なく思うが、私は天女様などそなたへの用に比べればどうでもよい。」

「なんだと!?」

怒鳴る留三郎。他の取り巻きも、雅時に対する怒気を露にする。葵音は怯えた様子で叫んだ。

「や、止めて、皆!喧嘩なんて良くないよッ!」

「そなたが入ると話が進まぬ。天女様、暫しお黙り頂こう。」

「ひ、酷い!」

泣き始める葵音。留三郎は雅時に近付き、雅時の胸ぐらを掴んだ。

「雅時!」

怒鳴る留三郎とは対照的に、雅時は冷然と留三郎を睨む。

「富松が今日の委員会活動中に怪我をした。」

雅時の言葉に、留三郎が硬直したのを感じる。

「本来であればそなたがするはずの仕事をやって、だ。この意味、分からぬほど堕落しておる訳ではなかろうな。」

だんだんと留三郎の顔から血の気が引いていく。
雅時は自分の胸ぐらを掴んでいる留三郎の手を、鉄扇で叩き落とした。

「ッ!」

痛みに顔をしかめる留三郎には構わず、踵を返した。

「今後そなたがとるべき行動、分かっておろうな?富松や用具委員は医務室にいる。菓子折持参の末、土下座でもして許しを請え。あと、怪我をした富松を連れていく際にその場にあった用具はそのまま放置してきた。来る前にそれを回収してから来るがよい。」

冷然といい放つと、雅時は食堂を出た。食堂を出る前にちらりと見えた伊作の顔もまた、青ざめていた。
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