難儀なことだ

□難儀なことだ15
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翌日から、雅時は葵音の取り巻きからやたら殺気を向けられるようになった。
葵音の取り巻き曰く、「雅時が葵音に告白し、振られた腹いせに葵音に暴言を吐き殴った。」らしい。
それを聞いた時、雅時は嘲笑した。余りにも分かりやすすぎる嘘だったからだ。
葵音に心酔しているものならまだしも、雅時の味方である者、葵音を快く思っていない者が信じるはずもなかった。
取り巻きの振りをしている竹谷と兵助などは、激怒した様子で「あの女、殺しましょう。」と訴えてきた。
確かにそれも出来なくはない。
雅時は男にしては体が華奢で、小平太のような力はない。体術の類いは苦手だ。だからといって仙蔵のように火薬の扱いが特別長けている訳でもなく、平均よりは上、という程度。剣術は得意だが、決して学年で一番ではない。流星錘が実習で使用する中で得意だが、それ以上に得意なのは暗殺だ。毒を用いて暗殺するのを得意とする。だから、薬の知識では伊作には敵わないが、毒の知識に限れば雅時の右に出る生徒はいない。
葵音を暗殺するのは、雅時にとっては容易いことだった。
何か大きな害があれば暗殺も考えるが、雅時の後輩曰く「威厳があって声を掛けにくい。」雰囲気のお陰で特に害はない。
今のところ、特に何かをする予定はない。


午前の座学を終えると、雅時は学園長に呼び出された。
六年は組の教室を出て、学園長の庵に向かう。その途中、小平太に出くわした。

「!雅時!」

「…そなたか。何用だ。」

雅時はうんざりした。小平太は雅時の取り巻きの一人だ。
小平太は雅時を睨み付けている。

「お前、まだ天女様に謝ってないそうだな!天女様、お前に悪いことしたって凄い気にしてるんだぞ!悪いのは告白して振られた腹いせに暴言吐いて殴ったお前なのに!」

「そなたは勘違いをしているな。告白したのは認めよう。なれどその告白、恋情の類いではない。間違っても振られるような結果になるものではない。暴言を吐いたというのも、あれは暴言と捉えられても仕方のない節があるからな。それも認めよう。なれど殴ってはいないぞ。」

「天女様が嘘を言ったとでも言いたいのか!」

「いや、天女様が嘘を言ったのかは知らぬ。取り合えず、そなたが言ったことに関しては今言った通りだ。」

雅時は小平太の横をすり抜けようと歩を進め、小平太の隣の辺りまで来て立ち止まった。蝙蝠扇(かわほりおうぎ)を取り出して、それを開き口許に当てる。
蝙蝠扇を開く音が妙に響いた。
雅時は冷然と、そして怒りが籠った声音で問う。殺気まで出ている。

「それともそなた、先程の私が天女様を腹いせに殴った、というのはもしや私に対する一種の侮辱か?私がそのような愚かかつ野蛮なことをするとでも言いたいのか?生憎、私はそのような侮辱を許すほど寛大ではない。心して返答せよ。」

問われた小平太は、困惑した。雅時がここまで分かりやすく怒りを露にするのは滅多にあることではない。

「…ッ!」

雅時は押し黙った小平太を見ると、

「私は今、学園長先生に呼ばれておるのだ。返答は後で聞かせるがよい。」

と言い、何事もなかったかのように悠然と歩を進めた。
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