難儀なことだ

□難儀なことだ9
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雅時は長屋の自室に戻ると、燈台に火を灯した。
すでに、燈台の火がないと本の文字が読めないほど暗い。
夕食まではまだ時間があるため、数日前から読んでいる本を開く。
その最中、廊下を走る音が聞こえてきた。その足音が雅時の部屋の前で止まる。そして、部屋の戸が開いた。

「雅時!…う、うわぁぁぁ!」

伊作の声と、伊作と几帳が倒れる音がした。
雅時の部屋には、戸から内側に二歩程度入った辺りのところに部屋の内部を見られないように几帳が置かれている。伊作は勢い余って、その几帳に衝突したらしい。

本を読んでいた雅時は不快げに眉をひそめて本を置き、几帳の上に倒れている伊作の前に行く。

「…伊作、大事ないか?」

「いてて…。う、うん、大丈夫。」

「それで、何用だ。珍しいほどの慌てようであったが。」

問うと、伊作は身を乗り出す。

「あのね、天女様のことなんだけどね、お怪我もされてなくて無事だったよ!」

どうやら、伊作は雅時が葵音に傾倒していると思っているうちの一人らしい。雅時が葵音を心配していると思って知らせに来てくれたらしい。
生憎、葵音に傾倒しているかのような態度はただ単に下手に警戒心を顕にして取り巻きに目をつけられないようにするためだ。有り体に言って、今の雅時は葵音に興味などない。
だから、伊作の知らせも、雅時としてはどうでもいい話だ。

「そうか、それは何よりだ。知らせてもらってすまなかった。感謝する。」

雅時の淡々とした態度に、伊作が拍子抜けした。

「えっと…それだけ?天女様、大丈夫だったんだよ?」

「他にどのような反応をせよと?」

「え、だって…。雅時は天女様のこと、好きなんじゃないの?」

「残念ながら、興味はない。」

「…え?」

伊作が、信じられない、と言わんばかりに目を見開く。

「だって、あんなに優しくて素敵な人なんだよ?」

声にも驚きが表れている。
が、雅時は特に特別な反応は示さない。

「生憎、魅力を感じられるほど接したことはないからな。」

「そんな…。」

伊作はまだ目を見開いて絶句している。
そんな彼の名を呼ぶ声がした。

「伊作!飯いくぞ!」

留三郎だ。はっとした伊作は慌てて雅時の部屋を出る。

「じ、じゃあね、雅時!」
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