難儀なことだ

□難儀なことだ1
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月の綺麗な夜、九十九院雅時は長屋にある自室の前の縁側に座り、月を見ていた。就寝前ということもあり、いつもの制服ではなく寝間着を着て、蝙蝠扇(かわほりおうぎ)を持っている。
悠然と輝く月を見て、感嘆の声を漏らす。

「…見事な月だ。夜が明けるのが惜しいくらいだ。…どう思う、仙蔵?」

そう言うと、雅時はいつものような典雅な笑みを浮かべ、振り向いた。後ろには、立花仙蔵が立っている。風呂上りなのか、寝間着姿で美しい髪もおろされている。
問いかけられた仙蔵は少し驚いた顔をした。

「気付いていたのか。気配は消したはずだが。」

「必要もないのに気配を消して近づくとはあまり褒められた趣味ではないと私は思うが。」

仙蔵は苦笑し、雅時の隣に座る。

「許せ、ほんの出来心だ。お前の驚く顔を拝みたいと思ってな。」

「ほう…。私の驚く顔など、見て楽しいものでもないであろう。それに、このような月の美しい夜にそのようなことをせずともよかろう。」

仙蔵の視線が、月に移った。すると、仙蔵は笑みを浮かべ、感嘆の声を漏らした。

「なるほど、確かにこのような夜にするような事ではなかったな。…見事な月だ。」

そんな仙蔵を見て、雅時は満足げに笑うと、月に視線を戻す。

そのまま黙って月を見ていると、ギンギーン、と叫ぶ人の声が遠くから聞こえた。
…かなり今の風景に不釣合いな声だ。
雅時は笑い、仙蔵は眉をひそ
めた。

「ははは、文次郎はこのような月の美しい夜でも相変わらずだな。」

「…相変わらず無風流な奴だ。」

「文次郎が月をゆっくり眺めるなど、誠想像しがたい姿。文次郎らしくて良いではないか。」

雅時が笑みを湛えていうと、文次郎らしい人物の足音が近づいてきた。
やがて、文次郎が姿を現した。その姿はいつもの制服姿で、泥と汗にまみれていた。一目で鍛錬をしていたのだと分かる。
そんな文次郎に対し、雅時は笑みをもって迎え、仙蔵は思い切り文次郎をにらんで迎えた。

「お、雅時と仙蔵じゃねぇか…って仙蔵、なんでにらんでるんだよ!」
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