過去拍手

□「難儀なことだ」、「楔」の夢主と「放っておいてくれ」の夢主。
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放課後、俺がのんびり廊下を歩いていると、反対側から人が歩いてきた。
同じ組の九十九院雅時だ。
彼は俺を見ると、無駄に品のいい笑みを俺に向けた。歩く動作も優雅そのもの。
その動作を見ると、俺は九十九院と俺が同じ人間なのかと不思議になるくらいだ。
有り体に言って、こんな品のいい奴は学園には似合わないと思う。
とりあえず、無視する訳にもいかない。九十九院は珍しく俺には何もしてこなかった奴なのだ。
が、なんと言えばいいのか分からない。

「…九十九院。」

とりあえず、名前を呼ぶことしかできなかった。
が、九十九院は相変わらず品のいい笑みを浮かべている。

「ああ。背中の傷はどうか?」

「別に、日常生活に問題が出るほどじゃないぞ。」

俺が不愛想に言うと、九十九院は気にした様子もなく満足げに笑う。

「それは何より。」

「おう。」

…なんか、会話が途切れた。

「九十九院、お前、この後の予定は?」

俺は、なんとなくそう聞いた。話が続かなかったからだ。

「特にすることもない故、自室に戻る。久しぶりに管弦でもしようと思うているところだ。」

「へ、へぇ…。」

俺は九十九院の答えを聞いて顔をひきつらせた。
俺の苦手な授業は、教養科目だ。教養科目には主に詩歌管弦や舞、作法が入る。作法はまだしも、詩歌管弦はあまり必要性がない。だから授業数も少ない。
だからたまにある詩歌管弦の類の授業は、俺が一番嫌いな授業だったりする。
管弦の類はサッパリなのだ。というより、あれは人のやることではないと思う。真面目に手が動かない。
きっと、九十九院も練習するために違いない。
…てか、詩歌管弦が趣味とか認めないぞ、俺は。特に和歌なんぞ詠まれたら終わりだ。あれはサッパリどころじゃない。

「練習熱心だな、お前は。俺は詩歌管弦とか言われる類はサッパリだ。苦手克服のために練習しようとすら思わん。」

言うと、九十九院は苦笑いした。苦笑いまで品がいいのだから、こいつはすごすぎる。なんなの、お前。

「管弦の類は不得手か。」

「管弦の類どころか、詩歌管弦の類全般が駄目だ、俺は。さっぱりわからん。」

「そうであろうか。私はその類は好きだが。」

…それはお前だけだよちくしょー。
そうだ、こいつはなんか色々凄かった。
確かあれは四年生の時。和歌の授業があった時のこと。
教師に、明日まで和歌を一首詠んで明日提出しろと言われていた。
俺をはじめ、組の大半は青ざめていた気がする。
が、こいつはその場でさらっと詠みやがった。しかも、まともな歌だったらしい。というのは、俺にはさっぱり意味が解らなかった。
その時の季節は秋で、無難に紅葉の美しさを詠んだらしい。
どの辺が無難なのかさっぱり分からなかったが。
紅葉を題材にして詠んだ歌と言えば、俺が知っているのは

『ちはやぶる神代も聞かず竜田川韓紅に水くくるとは』

だけだ。ちなみにこの歌、俺は意味も解らない。一年生の時に百人一首の試験があったから死に物狂いで覚えただけだ。暗号文の方がまだマシだと思った記憶がある。
そんな俺の目の前でさらっと歌を詠みやがった九十九院は、もはや人じゃないと思った。
ちなみに俺が詠んだ歌(←というより作文)は、

『秋が来た虫がうるさい真夜中にまるで寝れない冬が恋しい』

だった。字数しか考えていなかった。教師には、

「あれ?作文作って来いっていったか?」

と首を傾げられた。
…うるせぇな。和歌なんて読めるわけねぇだろうが。
よって、九十九院と俺は別の生命体だと考えている。てか、同じ生命体とかありえん。俺どんだけデキ悪いんだよ。

「詩歌管弦の類を好きだって言えるお前が羨ましいぞ、俺は。舞の類もさっぱりだしな、俺。」

「教養全般が不得手か。」

「おう。」

俺は頷いた。そして思い出す。こいつは、舞も得意だった。いつぞや全員が披露しろと言われえたときに、ほとんどの奴の舞はどこぞの農村の農業祭の踊りだった。
が、九十九院だけは違った。恐ろしいほどに優雅で、凄まじく場違いだった。
…俺とこいつはいろいろ別物かもしれん。
なんというか、劣等感に苛まれた今日この頃。
俺が一体何をした。

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