□楔10
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学園に新しく来た天女は宗城綺奈(むねしろあやな)と名乗った。都筑葵音とは別の人物だった。都筑葵音とは似たような身なり。彼女は、自身を天女であると言った。学園長の意向で、学園で保護することになった。性格は、葵音に酷似していた。瑶子曰く、葵音同様男を狙っている、らしい。確かに、綺奈は忍たまには馴れ馴れしい。葵音の件のお陰で、綺奈に対する忍たま達の警戒心は半端なく強かった。下級生は再び天女に上級生が心酔するのではないかと怯え、上級生は葵音の件のお陰で綺奈に対して憎悪の念を持っていた。上級生の方は、かつて葵音に心酔していた者が、特にその傾向が強い。

夜、主だった小平太と長次以外の五、六年生は仙蔵と文次郎の部屋に集まっていた。なぜか瑶子もいる。勿論、天女対策のためだ。現在は小平太が体育委員と共に綺奈を連れ出している。
全員の表情は、険しいもので沈黙している。

「さて、新しい天女のことだが。」

沈黙を破ったのは仙蔵だ。声音は、ひどく重々しい。
その重々しい声音での発言の後で、瑶子が笑い声をあげた。顔にも笑みが浮かんでいる。だが、その笑みには邪悪さと怒りが滲んでいる。見ている者の背筋を凍らせるような笑みだ。当然、声音にも邪悪さが滲んでいる。

「全く、何故学園に来る天女というのはここまで愚物なのかしら。それとも、愚物の別名を天女というのかしらぁ。ふふふふ。」

どうやら、とても怒っているらしい。瑶子の様子を見て、伊作と留三郎は顔をひきつらせた。

「ね、ねぇ、留三郎。桐崎さん、滅茶苦茶怒ってるよね?」

「お、おう。あれで嬉しくて笑ってるとか、有り得ねぇだろ。」

「天女様、何したのかな?」

「いや、分からんがよっぽどのことをしたんだろう。桐崎をあそこまで怒らせるなんてな。」

ちなみに、二人は小さい声で会話している。万が一瑶子に聞こえようものなら、何を言われるのか分かったものではない。
その会話に、竹谷が加わる。

「前の天女様の時もあんな怒り方をしてましたよ。しかも、結構どうでもいい内容で。」

「どんな内容で?」

「よく分かりませんが、くのたまを侮辱したとかいう内容だったはずです。」

確かに、どうでもいい。なにも知らない天女相手だ。そのくらいは鼻で笑って流しておけばいいだろう。
竹谷としては、そう思った。だが、それを聞いた留三郎と伊作は納得顔になる。

「…あぁ、そういうことか。今回も、多分同じだろうな。」

「僕もそう思ったよ。桐崎さん、雅時と似てる部分があるからね。」

二人は何かを分かり合っているが、竹谷は何も分からない。

「えっと、先輩方、どういうことです?」

「ん?ああ、雅時は昔から不当に見下されたり侮辱されるのが耐えれない奴でな。桐崎もそんな感じなんだよ。その関係で雅時と桐崎がつるむと、ろくなことがない。」

「留三郎のいう通りだよ。僕なんて一年生の時、ひどい目にあったんだから。」

今でも悪い思い出になっているらしい伊作を見て、竹谷は納得した。瑶子なら、ありそうな話だ。
こそこそと会話をしていたらしい三人に、瑶子は目を向ける。

「あらお三方、何を話していらっしゃるのかしら。わたくしにお聞かせいただけて?」

声は楽しげだが、笑みには先程同様、邪悪さが滲んでいる。そんな瑶子に、貴方のことを話していた、とは言えない。留三郎は、咄嗟に嘘をつく。

「いや、その、は、早く雅時が帰って来ればいいって話してただけだ!」

焦っている留三郎の様子に、瑶子は笑みを深くする。

「あらあら。そんなに怯えられるなんて、心外だわ。わたくし、少し悲しいわ。」

そう言うが、瑶子は全く悲しそうではない。そして、考える仕草をとる。

「雅時君ねぇ…。そう言えば、雅時君が帰ってくるのはいつだったかしら。天女様を相手にするのは、彼が一番適任だと思うのだけど。」

瑶子の意見に、雷蔵が同意する。

「前回の天女様の時も、解決したのは雅時先輩のお陰、と言う部分が大きいですしね。」

「でも、雅時先輩に言ったところで天女様を相手にして下さるかな?」

そう言い、兵助は首をかしげる。前回は、雅時は葵音を相手にすることに対して楽しみを見出だしていた。だが、それは初めてであったから興味を持っただけのこと。今回は間違いなく面倒だと思うだろう。その通りである。
が、兵助の発言に文次郎が顔をしかめた。

「いや、いくらあいつでも天女のことでならそれはないだろ。」

「まぁ渋々という形になるだろうが、雅時には耐えてもらうしかないだろう。」

仙蔵はそう結論を出した。
だが、雅時が返ってくるまで最低五日はかかる。それまで何もせずにただ見ていることはできない。綺奈の目的は葵音同様だと思われるが、それも確かではない。もしかしたら学園長の暗殺が目的かもしれないし、下級生が目的かもしれない。とりあえず、当面は監視が必要になる。だが、目的を知るためにはあからさまに監視するわけにもいかない。上級生のうちの誰かが綺奈を慕っているふりをして、監視する必要がある。だが、それには全員が複雑そうな顔をした。特に、葵音に心酔していた伊作、留三郎、三郎、雷蔵、勘右衛門は暗い表情で俯いてしまう。
どんな理由があるにしろ、再び天女に侍れば間違いなく後輩は嘆くだろう。葵音の時には後輩を悲しませた。彼らにとって、後輩を悲しませることは避けたいことだ。
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