□楔9
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雅時が出立してから四日がたった。当然、雅時はまだ帰って来ていない。
雅時は委員会にも所属していないため、雅時がいなくても特に学園の機能に影響を与えることはない。六年生の中では一番いなくても困らない人材だろう。だが、雅時と親しい者の精神面ではそれなりに影響がある。

兵助は、委員会中に小さくため息をついた。それに気が付いたらしいタカ丸が兵助顔を覗きこむ。

「久々知君?ため息なんかついてどうしたの?」

「あ、いえ、何でもないです。」

とっさに兵助は笑みを浮かべた。上手く笑えているかと少し不安になる。
だが兵助の不安は杞憂で終わったらしく、タカ丸はそっか、と相変わらず気が抜ける笑みと声を残して自分から離れた。
その背を見ながら、何とか誤魔化せた、と安堵した。雅時がいないこの数日、自分が気落ちしていることは自覚している。授業や日常生活に支障が出るほどではないから、特に危機感を感じることもないが。
いつもなら、今自分が取り組んでいる委員会活動でも雅時が手伝いに来てくれることが多い。普段なら彼がいるであろう場所を見ては落胆していた。要するに、寂しいのだ。
だがそれも後六日の辛抱だ、と兵助は自分に言い聞かせた。

夕食時、六年生は雅時を除いたいつもの面子で夕食をとっていた。その最中、小平太が心底不満げに言った。

「雅時がいないと、なんかつまらない。」

「…だな。」

留三郎は同意の意を示すように頷く。彼も雅時がいないこの数日に少しの寂しさを感じていた。留三郎と文次郎が喧嘩をした時に、仲裁をするのは仙蔵か雅時だ。雅時が仲裁をした時は、留三郎と文次郎が恋仲であるとからかわれることが多い。勿論反発する二人ではあるが、このやり取りを楽しんでいる節があった。このやり取りがない今、喧嘩をしても少し物足りなく感じる。…決して口にはしないが。文次郎も留三郎と同様らしく、留三郎相手のため堂々と肯定はしないが似たような表情をしていた。相変わらずの二人に周囲は呆れてはいるが、微笑ましくも思っている。
留三郎の横に座る伊作も、少し暗い表情をしていた。

「雅時が帰ってくるのっていつだっけ?」

「…あと六日後だと言っていた…。」

相変わらずの無表情で小さい声で長次が答えた。その様子から感情は読み取れないが、彼も彼で雅時がいないことを寂しがっているのは、皆分かっている。育ちの関係で教養の類に詳しい雅時は、長次と何かと話が合うのだ。
そのあたりに関しては、仙蔵も長次と同様だ。仙蔵自身が作法委員であるためか、作法の類にも詳しい雅時とは何かと趣味や話が合う。案の定、仙蔵の表情も若干暗い。

「六日か。長いな。」

仙蔵がぼそりと呟いた。それは全員が思っていたことだ。
仙蔵の呟きにより、全員が沈黙する。その最中、慌ただしい足音が聞こえてきた。

「先輩方、呑気に食事をしている場合ではありません!」

そう叫んだのは、慌ただしい足音の主である田村だ。同じく会計委員の文次郎が彼をいさめる。

「三木エ門、落ち着け。」

「それどころじゃないんです!」

慌てた様子で田村は叫ぶ。田村の様子に顔をしかめた六年生であるが、次の言葉に全員が凍りついた。

「また、天女が降ってきたんです!」

…第二次、天女降臨。
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