□楔8
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五日後の朝、雅時は実家へ帰るため制服ではなく狩衣を着ていた。
五日前の兵助の告白の後から今日まで、特に変わったことはない。
面倒で気が重くなるような実習もなく、心穏やかに過ごしていた。
が、実家に帰参する五日目の朝は酷く気が重かった。
今回実家に帰る理由は、妹の裳着という祝い事。祝い事ともなれば、親戚一同と顔を見合わせることになる。それが気を重くさせる原因だった。
雅時は、実の叔父から暗殺されかけた経験があるのだ。現在、九十九院家を継いでいるのは雅時の父だ。雅時を暗殺しようとした叔父というのは、雅時の父の弟にあたる。雅時の父が家督を継ぐときに対立していたらしい。そんな叔父には息子がいる。叔父は自分の息子に九十九院家を継がせようと考えた。だが、それでは当主の嫡男である雅時は邪魔になる。だから雅時を暗殺しようとしたのだ。
幸い刺客は事前に捕らえられたため、雅時には何の害もなかった。だが、これからのことを考えると不安がつきまとう。だから雅時の両親は、雅時を忍術学園に入学させることを決めた。暗殺に対抗するすべを身に付けると共に、学園にいれば叔父が再度雅時の暗殺を企んでも、そう簡単には刺客が学園には侵入できない。だから屋敷にいるよりも安全だと考えたのだ。
さらに、身内の中の敵は件の叔父だけではない。雅時の父には、雅時の母たる正妻の他に何人かの妻がいる。正妻以外は通い婚であり、同居はしていない。その正妻以外の妻の元にも雅時の異母弟にあたるものが何人かいる。その異母弟が敵になる可能性も十分ある。雅時が学園にいる間に、身内の中にいる敵を知っておく必要がある。それには今回の実家への帰参は有意義なもの。
唯一の楽しみは家族に会うことだと思うようにしているが、それにもあまり嬉しさは見出だせない。雅時の実家は中央に母屋があり、母屋の北と東と西に対の屋(離れ)が母屋と渡殿と呼ばれる渡り廊下で繋がる形で存在する。家主たる父は母屋、母と妹達は北の対(北の離れ)、自分は東の対に住んでいる。同じ屋敷に住んでいるとはいえ、同じ屋根の下に住んでいるわけではない。顔を合わせることも滅多にないのだ。家族にたいして愛情を持っていない訳ではない。だが、忍術学園の同級生達に対しての方が余程親しみを感じている。だから、実家の家族に会うよりも学園で皆と過ごす方が余程心穏やかでいられる。
以上の事情を考慮すれば気が重くなるのは仕方のないことだった。
出立前にいつも通りの面子で朝食を食べていると、無意識にため息をついた。それに気付いた小平太が首をかしげる。

「ん?雅時、元気ないな。実家に帰るんだろ?」

「…その実家に帰るのが悩みの種なのだ。」

心底面倒そうな雅時の様子に、同じ机についていた全員が首をかしげた。

「なんでだ?祝い事なんだろ?」

「それに、家族にも会えるんだろ?」

文次郎がそう言うと、珍しく留三郎が文次郎の意見に同意する。
普段なら季節外れの雪でも降るのではないかと危惧する出来事ではあるが、今の雅時にはそれに反応する気力はない。

「私の家族は恐らくそなたらが考える家族とは違う。そもそも同じ屋根の下に住んではおらぬ。」

「え、何でさ?家族なのに同じ家に住んでないの?」

伊作が心底不思議そうに首をかしげる。他も同様だ。同じ屋根の下に住んでいない家族、というものが理解できないらしい。

「いや、同じ家には住んでいる。父が母屋、母と妹達が北の対、私が東の対に住んでいる。呼ばれでもせぬ限り、殆ど他の対の屋には行かぬ。よって、殆ど家族に会うことはない。」

「た、対の屋?」

伊作が聞きなれないらしい単語に目を瞬く。長次が説明した。

「…対の屋というのは、寝殿造で母屋の左右や背後にある別棟のことだ。」

相変わらず小さな声だが、机についている全員に聞こえたらしい。文次郎、留三郎、伊作から雅時は冷たい目で見られた。

「ああ、そういえばお前の家は貴族だったな。」

「家に離れがあるとか、さすが金持ち。」

「でっかい池とかありそう。」

文次郎、留三郎、伊作の言葉に、仙蔵は苦笑いし、雅時を見る。

「だが、金持ちには金持ち特有の悩みがあるのだろう?」

「特有かは知らぬが、身内同士の勢力争いなどがあるな。私は実の叔父に暗殺されかけたことがある。他にも異母弟も何人かいる。…全く、面倒で敵わぬ。」

雅時の発言に、全員の表情が曇った。

「確かに、それは実家に帰るのはあんまり嬉しいことじゃないね。」

伊作の沈んだ声に、雅時は全員を見渡す。実家に帰ることを気にかけすぎて、周囲を気遣うのを忘れていた。自分の発言は間違いなく聞いて気持ちのいいものではない。食事中にする話ではなかった。
重くなった空気を和らげようと、雅時はいつも通り典雅に微笑む。

「すまぬ、食事中にする話ではなかったな。」

雅時の笑みに安心したのか、暗くなっていた表情に明るさが戻る。

「雅時、戻ってきたら気晴らしに私と一緒にいけどんマラソンに行こう!

調子が戻った小平太に、雅時は満足げに微笑む。

「そうだな。なれど、そなたの体力にはついていけぬ部分があるからな。手加減せよ。」

「あ、大丈夫だよ。倒れたら僕が保健委員長として、しっかり診てあげるから。」

「伊作、不吉なことを言うでない。私は倒れるつもりはないぞ。」

雅時は顔をしかめて言うが、周囲からは笑い声が上がる。それを聞きながら、雅時は相変わらず愉快な友人達だと思い、安堵した。
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