□楔6
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翌日から、兵助の心に変化が表れた。
雅時の態度に変化はない。だが、挨拶を交わすときや話をする時など、 雅時が自分を見てくれている時がいつもより嬉しく感じるようになった。だが、雅時が瑶子と話している時はあまりいい気がしない。雅時と瑶子が話している時にはついつい視線が向いてしまう。今までにはなかったことだ。
何故かは分からず、戸惑いを覚えている。
そんな状態が続く日の放課後、委員会活動で火薬の点検をしていると瑶子がやって来た。
瑶子は火薬委員の姿を見ると、相変わらず艶然と微笑む。

「あら、こんにちは。」

瑶子にいち早く反応したのはタカ丸だ。瑶子の髪は、仙蔵に劣らないくらい美しい。そんな瑶子の髪を弄りたくて仕方がないのだろう。相変わらず間抜けな笑顔と声で瑶子に駆け寄る。

「あ〜瑶子ちゃんだ。もしかして、僕に髪を弄らせてくれるのぉ?」

「残念ね、違うわ。わたくしはこれを返しに来たのよ。」

瑶子が言うこれ、というのは瑶子が持っている壺だ。中には火薬が少量入っている。
その火薬を見ると、タカ丸は明らかに落胆した。

「そんなぁ〜…。」

「ふふふ、髪は女にとって大切なもの。それを殿方が気安く触れていいものではなくてよ。それにわたくし、気安く自分の髪に殿方が触れるなんて我慢できないわ。」

「え〜…。」

タカ丸と話していた瑶子は、黙って自分を見ている兵助、三郎治、伊助を見た。三郎治と伊助は瑶子を警戒している様子だ。忍たまがくのたまを警戒するのは仕方のないことなので瑶子は二人に興味は示さない。警戒の視線に艶然とした笑みを返すだけだ。
兵助の方は、複雑な表情で瑶子を見ている。瑶子はそんな兵助を見て笑みを深くすると、タカ丸に持っていた火薬を手渡す。そして兵助に近付いた。

「こんにちは、久々知君。」

「…こんにちは。」

「少しお話があるの。よろしくて?」

兵助は頷いた。今は委員会中であるが、すでに仕事は終わりかけている。
兵助が頷いたのを確認すると、瑶子は背を向けた。ついてこい、という意味だろう。兵助は黙って瑶子についていく。
ある程度人がいないところまで来ると、瑶子は兵助と向かい合った。兵助も立ち止まる。瑶子の表情はどこか楽しげだ。

「自覚はできまして?」

いきなりの問いに、兵助は首をかしげる。意味がわからない。

「どういうことですか?」

「前の休日にお団子屋さんであって以来、妙に貴方から視線を感じるから。特に、雅時君と話している時。」

兵助は青ざめた。確かに瑶子の言う通り、瑶子が雅時と話している時はいつも視線が向く。まさか、気付かれているとは思わなかった。
青ざめた兵助を見て、瑶子は苦笑いを浮かべる。だが、それと自覚が何の関係があるのか分からない。

「別に怒っている訳ではないわ。じゃあ、質問を変えましょうね。わたくしに視線が向く理由は分かりまして?」

そう言われても、雅時と話している時の貴方に何故か自然と視線が向きます、と言えるはずもない。兵助は俯いて黙った。
その様子を見て苦笑いを浮かべたまま瑶子は言う。

「雅時君のことが、好きなのでしょう?勿論、恋情で。」

兵助は驚いて顔を上げた。

「…違います。」

咄嗟に呟くように否定する。そのようなことは考えたことはなかった。
だが咄嗟に否定はしたが、瑶子の言う通りなのかもしれない。雅時が自分を見てくれている時がとても嬉しく感じられるのも、雅時と瑶子が話しているのを見るとあまりいい気がしないのも、団子屋でまるで恋人同士のようなやり取りをする雅時と瑶子を見て生まれた胸の痛みまで全て納得できる。もしかしたら、瑶子の言う通りなのかもしれない。きっと、そうなのだろう。
そう思い始めた兵助に、瑶子は優しく言う。

「お団子屋さんでの雅時君とわたくしのことだけど、あれは全て演技よ。貴方に雅時君が好きなことを自覚させるためだけの演技。まぁ、雅時君には別の理由で演技してもらったのだけど。」

「は…?」

瑶子はなんでもないことのように言うが、言われた兵助は唖然とする。確かに、自分は雅時の事が好きなのだろう。だが、それをしたのは今だ。それを何故瑶子が分かっていたのか。

「なんで…俺が雅時先輩のこと好きなの、知ってるんですか…?」

「あら、認めたわね。貴方が雅時のことを好きなのは十分態度に表れていてよ。」

瑶子の言葉に、兵助は顔を赤らめた。そんなに分かりやすかったのか、と驚いた。
瑶子はその様子を見て微笑む。

「ふふふ、可愛らしいのね。大丈夫よ、知っているのは立花君と五年生の貴方のお友達くらいのものよ。雅時君本人は絶対知らないわ。」

「え、何で勘右衛門達も!?」

「ええ。それだけ貴方のお友達も貴方のことを見てくれているのよ。いいお友達じゃない。」

軽く瑶子は言うが、兵助は絶句する。恥ずかしすぎる。

「さて、わたくしはもう行くわ。委員会の最中なのにごめんなさいね。」

瑶子は一方的にそれだけを言うと、兵助を置いて歩き始めた。が、数歩のところで振り返る。

「ああ、一つ忠告をしておくわ。」

「…忠告?」

まだ顔が赤い兵助を見て瑶子は微笑ましく思った。それと同時に純真だとも。瑶子には、すでに兵助のような純真さはない。くのいちを目指すものとしては当然のことだ。恐らく自分は、兵助のように純粋に人を想うことはできないだろうから。だから、ほんの少しだけ兵助が羨ましく感じられた。

「ええ、忠告。雅時君は色事に関してはとても鈍いわ。それに、恋情の類いは枷にしかならないと思っている。なかなか難儀よ、彼に想いを寄せるのは。頑張ってね。」

それを言うと、瑶子は今度こそ帰った。
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