□楔5
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次の休みの日、雅時は瑶子と町に出るために私服を着ていた。
正門の前で待ち合わせているため、そちらに向かう。
正門に着くと、瑶子がすでにいた。瑶子も制服姿ではない。淡い紫色の小袖に、普段は結い上げられている艶やかな黒髪を下ろしている。普段と違う装いのためか、普段より艶やかに見える。瑶子は雅時を見ると、いつも通り艶然と微笑む。

「あら雅時君。少し遅いお出ましではなくて?」

「すまない。」

「まぁ構わないわ。町でお団子のひとつでも奢って頂けるのでしょう?」

高慢な態度だ。だが、瑶子のように美しければ度が過ぎなければ高慢な態度も魅力の一つだ。勿論、瑶子もそれを分かっている。
くのいちは怖いな、と雅時は思う。自分を価値あるように見せる方法を心得ている。
雅時は典雅に微笑した。雅時とて、自分をよく見せる方法くらいは心得ている。
優雅な動作で瑶子に手を差し出す。

「よかろう。…さぁ姫君。我が手を取ってくださいますか?」

芝居がかった声音で言う。常人ならば似合わない言葉と動きだが、雅時の場合は自然に見える。これが自分を価値あるように見せる方法だと雅時は理解している。今更瑶子に自分の価値を示しても仕方がないのだが、瑶子に対する一種の意地だ。下らない意地だな、と自分でも思う。だが、このように下らない意地を張るのは幼少の頃くらいしかない。雅時は童心に帰ったかのような気分になった。それも悪くない。瑶子は雅時の考えに気づいたのか、楽しげに微笑んだ。

「いいわね、わたくしと雅時君は今日一日だけ恋人同士。心得てね。」

「無論、承知している。」

「ならいいわ。」

瑶子は雅時の返答に満足したらしく、上機嫌に軽やかな足取りで町に向かって歩き出した。


町では雅時の目的通り紙を買った。他には瑶子に簪を贈ることになったが、雅時にとっては大した出費ではない。店の店主には仲の良い恋人と評された。簪を貰って上機嫌になった瑶子と共に団子屋に入った。団子を食べ終え店を出ようとすると、店に入ってきた尾浜、兵助、竹谷、三郎、雷蔵に会った。兵助以外の四人は、雅時と瑶子を見てどこか複雑そうな表情をした。この邂逅は偶然ではない。瑶子と兵助以外の四人があらかじめ決めておいたことだ。勿論何も知らない兵助は嬉しそうに笑った。

「雅時先輩!」

雅時も微笑む。

「そなたらか。奇遇だな。相変わらず仲のよいこと何よりだ。」

「雅時先輩は桐崎先輩といらっしゃったのですか?」

兵助が首をかしげて問うと、瑶子が兵助に対して微笑み、雅時の腕に自らの腕を絡めた。
五年生五人は目を瞬く。

「そう、雅時君と二人で来たの。逢い引きよ。」

瑶子の発言に、兵助を除く五年生四人は兵助を窺う。兵助はただ驚いている。
雅時は五年生の反応には興味を示さず、腕に絡み付く瑶子に苦笑いした。

「瑶子、腕が痛い。少し力を抜くがよい。」

「まぁ嫌だ。冷たいのね。わたくし、愛されていないのかしら。」

そなたが満足する愛とは一体いかなるものか知りたいものだ、と雅時は思いそれを言いかけた。だが、今の設定は恋人同士。そのようなことを言うわけにはいかない。雅時は瑶子の肩を抱く。

「ほう、我が愛はそなたに伝わっておらなんだか。それか、我が愛を疑っているのか。どちらにしろ嘆かわしいことだ。」

肩を抱かれた瑶子は全く驚く様子を見せない。ただ少し悲しそうに雅時を見る。見事な演技だ。

「貴方の愛を疑っているわけではないわ。伝わってない、というよりは時々貴方はわたくしを愛していないのではないかと不安になるのよ。」

「それは申し訳ないことをした。愛しいそなたを不安にさせるなど、あってはならぬこと。」

雅時の謝罪に、瑶子は満足した。十分に恋人に対する謝罪に見える。兵助を窺うと、兵助はただ驚いた。たが、目線は雅時と瑶子に向いているわけではなく、雅時だけに向いている。
瑶子は満足すると、雅時に甘えるように擦り寄る。

「全くよ。その事実に気づいてくれてよかったわ。気づかなかったらどうして差し上げるか考えるのは楽しいけれど、実行したくはないもの。でも、わたくしが貴方に求めているのは謝罪ではなくてよ。わたくしが貴方に何を求めているのかお分かり?」

「ああ。我が愛を疑ったり不安に思う余地がないくらい、そなたを愛でることにしよう。幸い、今日は休日。まだ沢山時間はある。」

「まぁ、それは楽しみだわ。想像しただけで甘美なこと。期待しているわ。じゃあ、行きましょうか。」

「ああ。」

二人は五年生五人を見た。五年生五人はただ驚いていた。瑶子は兵助以外の四人に一瞬だけ邪悪な視線を向ける。それに気づいたらしい四人は顔をひきつらせて頷くと、兵助の様子を窺う。兵助の視線は相変わらず雅時だけを見ている。
それに気づくことがなかった雅時はいつも通り微笑みながら言う。

「では、私は失礼する。」

瑶子も艶然と笑うと、それに続いた。

「わたくしも、失礼するわ。」

二人は団子屋を出た。
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