□楔2
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雅時が帰還した日の夜、兵助は自室で首をかしげていた。
委員会の後、雅時を含めた委員会全員で夕食を食べに行った。雅時は、いつもと変わらなかった。だが、戸惑いか何かを取り繕っている気がしたのだ。
首をかしげる様子を見て、勉強を教えろと言ってやってきた竹谷が不思議そうな顔をする。

「ん?どうしたんだ、兵助。」

「いや…なんか、今日の雅時先輩、おかしくなかったか?」

「そうか?俺にはいつも通りに見えたぞ。」

どうやら、竹谷は本当に何も気付かなかったらしい。もしこの表情が演技なら、将来演技力で困ることはないだろう。だが、竹谷にそこまでの演技力が備わっていないことは知っている。
やはり、自分の気のせいかもしれない。
兵助はそう結論付けた。
もし自分の気のせいではないと仮定しても、取り繕っていたということは人に見られたくないこと。今日の雅時からは、普段は匂わない香の匂いがした。雅時が返り血を浴びた後に、支障がない場合に香を焚くことは知っている。
きっと、学園長のお使いで何か雅時を戸惑わせるようなことでもあったのだろう。
たが、それを雅時にとってはただの後輩であろう自分に、素直に話してくれるはずはないのだ。
親友、恋人といった特別な関係なら話は別かもしれない。親友はもちろん、衆道とて珍しいものではない。現に、上級生にはそのような関係を持つものは何人もいる。
もし自分が雅時と親友、あるいは恋人という関係にいれば、一方的に頼るだけでなく彼を支えることが出来たかもしれない、と思った。
いつも委員会や勉強、日々の鍛練で頼るばかりの自分。頼りにされたい、役に立ちたい、とは日々思っている。だが、雅時が弱味を見せたことはない。雅時は後輩にとって、いつも何事にも動じることはなく、農民やよくて武士出身の生徒が多いこの学園では、他とは比べ物にならないくらい気品に溢れた優雅で立派な先輩だった。
自分が雅時の役に立ったり、頼りにされる姿など想像できない。そんな自分に、少しの腹立たしさと寂しさ、そして戸惑いを覚えた。



一方雅時は、自室前の縁側に座り空を見ていた。夜には人通りもほとんどなく、邪魔になることはない。
任務帰りの夜のような星空を期待して出てきたのだが、残念ながら空は雲がかかっており、星はあまり見えない。
それでも空を見ていると、意識は空ではなく、火薬委員会の手伝いの時に伊助を見て感じた罪悪感に向いた。
ここにいる間、罪悪感と恋情は捨てることに決めている。現に、今までどれだけ人を殺めようとも心が冷たくなるだけで罪悪感は感じなかった。
それなのに、何故今回だけは感じたのか。
それを考えていると、何故か無人であるはずの自室の扉が開いた。
雅時は振り返る。そこには、寝巻き姿の瑶子がいた。雅時の部屋の天井裏から来たのだろう。

「こんばんは、雅時君。」

相変わらず艶然と微笑んでいる。
雅時はほんの少し驚きを示しつつも、いつもの典雅な笑みを浮かべた。

「瑶子か。何用か?」

「貴方にお願いがあって来たの。くのいち教室の方で、教養として楽器を練習するのはご存知?」

楽器の練習なら忍たまの方でも教養として授業がある。ただ、くのいち教室ほど重視されてはいない。

「無論、存じている。それが何か?」

「雅時君、管弦の類いはわたくしより得意でしょう?苦手な子がいるから、その子たちに教えていただきたいの。」

「教えるのは構わぬが、どのようにして、だ?私がくのいち教室に赴くわけにもいかぬであろう。」

くのいち教室に忍たまが行くことなどできない。逆も同様だ。瑶子が雅時に会いに来る際は天井裏を伝ってばれないようにしている。
雅時の言葉に、瑶子は心外だ、と言わんばかりの顔をした。

「嫌だわ。わたくしがそのことに関して、何も考えていないとお思いなのかしら?先生に話は通してあるわ。天女様の一件で生徒だけでなく、先生方も貴方を以前よりさらに信頼しているのよ。理由を話したら快く許可して下さったわ。」

「そうか。ならばよい。いつ伺えばよい?」

「貴方の時間がある日で構わないわ。もしお時間があるなら、明日にでも。」

「よかろう。明日の放課後で構わぬか?」

瑶子は話がまとまると、満足そうに笑い、頷いた。

「ええ、感謝するわ。」
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