□楔 1
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雅時は夜、学園に向かって歩いていた。月明かりはなく、とても暗い。
雅時は空を見上げた。快晴らしく、月明かりもないため星がよく見えた。

「ほぅ…星も悪くないな。」

月を見るのは好きだが、星を意識して見たことはなかった。月がない星空も存外良いものだ、と感嘆する。
それと同時に、冷たく凍りついていた自分の心が少し暖まるのを感じた。
雅時は今、学園長のお使いと称した暗殺の任務の帰りだった。
相手は、学園と敵対する城の城主とその長男である世継ぎ。
城主の弟が、二人の暗殺を依頼してきたのだ。城主とその長男を暗殺すれば、城主の弟が城主となれる。二人の暗殺の対価として自分が城主になった暁には学園への敵対行動を一切しない、という条件だ。
学園にとっては好都合以外の何物でもない。
そして、その任務を実行するよう言い渡されたのが暗殺術に長けた雅時だった。
雅時は快諾した。将来自分が実家を継いだときに、敵対する勢力から暗殺の対象とされる可能性は高い。暗殺する側にしか分からないこともあり、暗殺されるのを防ぐためには暗殺の経験が大いに役立つと考えたのだ。
そして、それは自分が学園にいる理由でもある。
だが、決して気持ちの良いものではない。暗殺した城主の長男の世継ぎは、まだ幼い子供だった。
まず側についていた侍女を殺し、それから世継ぎを殺した。
侍女は殺す必要はなかったが、世継ぎだけを殺し侍女が生き残れば、侍女は間違いなく残酷な罰を受ける。だから、殺したのだ。
まだ若い娘だった。その若い娘が死に際に浮かべた恐怖と戸惑いの表情、そして絹を裂くような悲鳴。
世継ぎが浮かべた恐怖と絶望の表情。
暗殺を終え、天井裏で聞いた世継ぎの母の悲しみと絶望の叫び。
人を殺めることにも慣れた今、動揺することはない。ただ普段とは違い、何事にも動じないよう心が冷たく凍りついていた。
それが本来の自分なのかと時折不安になることがある。
だが、いつもと変わらない星空を見て心が暖まったのを感じ、雅時は僅かな安堵を覚えた。
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