放っておいてくれ

□放っておいてくれ11
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下級生全員を穴から出すと、雅斉は改めて保健委員の下級生を見る。

「んでお前ら、怪我は?」

「ありません。ありがとうございました、月波先輩。」

表情に安堵を滲ませ、数馬が礼を言った。それを見ると、雅斉は満足げに笑う。
その姿に、数馬と左近はひどく驚いた。同じ学園にいたから、当然今までに雅斉を見たことはある。その時見た雅斉は、今浮かべている笑みには程遠い、警戒心に満ちた厳しい表情だった。そんな雅斉から、満足げに笑う姿など想像できなかった。
驚いている二人をよそに、雅斉は相変わらずの笑顔で言う。

「おう。で、一応聞くがただ単に落ちただけか?山賊とかその辺りにあったからだとかは?」

雅斉の問いに、保健委員一同は驚いた。普通、保健委員が穴に落ちたら大半の人は不運のせいにする。

「僕達は不運のお陰で穴に落ちたんです。保健委員は不運委員会だって言われてるの、知らないんですか?」

答えた左近は、少しムッとした表情だ。左近の答えにたいし、雅斉は表情をひきつらせた。

「あー、そういえばそうだったかも知れねぇ。悪い悪い。…まぁ、不運でもいいじゃないか。」

「不運のどの辺がいいんですか!?」

噛みつく左近。確かに、不運でもない人から不運でもいいじゃないか、と言われれば若干腹が立つ。
が、雅斉の返答はその苛立ちを忘れさせるものだった。

「どの辺って…。不運に慣れとけば、少しの幸運でも大きな幸運に感じられるだろうが。日常の些細な幸運を大きな幸運に感じられたりな。反対に、不運な目に遭ってもいつものことだと思って切り替えがきく。他の奴より不運に慣れてる分、同じ幸運でも他の奴よりより幸運に感じられる。不運なことがあっても他の奴らより衝撃が少なくて済む。それはいいことだぞ。それに…。」

そこで雅斉は言葉を切った。そして、何かを思い出すような、どこか切ない遠い目になる。

「嫌なことなんて、すぐ忘れる。しかもお前ら、学園にちゃんと友達いるだろ?しかも、そいつらはお前らが不運な目に遭っても助けてくれる。そいつらとの絆を確認することもできるじゃねぇか。」

そう言った雅斉の目を見て、数馬は理解した。
雅斉が同級生を突き落としたという話は、濡れ衣なのだ。
彼の不運についての考え方も、きっと自分を守るためなのだろう。そうでなければ、やっていけない。
雅斉は言い終わると、保健委員一同に背を向けた。先程とは違う、優しい笑みを浮かべて。

「んじゃ、俺は行くからな。あ、あとこの事は俺も忘れるからお前らも忘れろ。じゃあな。」

そして荷物を持ち、何事もなかったかのように去っていった。
それが雅斉との出会いだった。
次に雅斉と接したのは、雅斉が大怪我をして意識をなくした時。雅斉の不運についての考え方は、保健委員一同にとっては救いだった。
勿論、保健委員であるのことに誇りを持っている。だが、不運に関しては憂鬱になっていた。それが雅斉のお陰で考え方が変わったのだ。
雅斉が目覚めたとき、お礼を言おうと決めていた。
だが、雅斉は保健委員の下級生と会ったことを完璧に忘れていた。
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