放っておいてくれ

□放っておいてくれ11
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数ヵ月前のこと、保健委員は薬草を摘みに裏裏山に来てた。雅斉と出会ったのは、この時だ。
下級生は伊作と別れ、固まって薬草を摘んでいた。
そんな時、四人まとめて穴に落ちた。
いつもの不運が発動したのである。
穴から上を見上げると、一同は顔をひきつらせた。

「か、数馬先輩…これ、どうやって穴から出るんですか?」

そう問うた乱太郎の声は、表情同様ひきつっている。
伏木蔵は相変わらずの様子で

「スリルぅ〜」

とか言っている。どうやら、彼はこの状況をいまいち分かっていないらしい。
この穴、下級生が出られるような深さの穴ではないのだ。
それが分かっているらしい左近は、何も言わなかった。
取り合えず数馬は助けを呼んでみることにした。自力では出られないのだから仕方がない。

「誰かいませんかー?助けてくださーい!」

叫んでみるが、ここは山奥。誰かが来るはずもない。
揃って絶望的な面持ちになり始めた。
そんな時、上から人が顔を覗かせた。

「…お前ら、学園の生徒か?」

雅斉だった。
雅斉の顔を見た途端、数馬と左近の表情が険しくなった。
二人は雅斉のことを知っていた。上級生から、雅斉が一年生の頃に同級生を突き落としたことがあると聞いていた。この頃はそれを信じていたのだ。

「月波先輩…。」

数馬が思わず名を呼ぶと、雅斉は少し驚いたような顔をした。

「お前ら、下級生だよな。下級生でも俺のこと知ってるのか。有名人だな、俺。」

呑気な人だな、と思った。なんの気負いもなく言ったからだ。
事情を知らない一年生二人は、揃って首をかしげた。

「月波先輩って有名人なんですか?」

乱太郎が問う。
それを左近が慌てて制した。

「乱太郎!」

「す、すいません!」

二人のやり取りを見ていた雅斉は、一年生二人を見た。

「俺はそこそこ有名人みたいだぞ。ただ、俺と会ったことは誰にも言わない方がいい。そんな感じの有名人だ。」

さも平然と雅斉は言った。まるで今日の夕食を友人に教えるかのように平然と。
どうやら彼は、嫌われていることを普通に受け入れているらしい。
そのことに数馬と左近は驚いた。一年生二人は意味が分からないらしく、不思議そうな顔をしているが。
雅斉はそんな保健委員一同を気にせず、周囲を見渡した。

「お前らだけできたのか?上級生は?」

雅斉の問いには、ここにいる保健委員の中で一番年長の数馬が答えた。

「僕達は保健委員で、皆で薬草を摘みに来たんです。委員長の善法寺伊作先輩は別のところで摘んでて…。」

「…それでお前らだけで摘んでて穴に落ちて出れなくなったのか。」

「…はい。」

「そりゃお前ら、災難だったな。俺でよければ助けてやるから、ちょっと待ってろ。」

そう言い残すと、雅斉は姿を消した。
残された保健委員一同は、安堵の表情を浮かべた。左近は少し不満げだが。

「本当に助けてくれるんでしょうか。」

どうやら、左近は雅斉を信用していないらしい。
そんな左近の心配をよそに、穴の上から縄が下ろされた。雅斉が顔を覗かせる。

「おい、ちょっとお前ら端に寄れ。危ねぇからな。」

そう言われた保健委員の方は不思議に思いながらも端による。
すると、雅斉は穴の中に飛び下りた。そして保健委員を見る。

「んで、なんでこんなことになった?普通に生きてたら全員揃って穴に落ちることなんてないだろ。」

不思議そうに雅斉は問うが、保健委員は暗い表情で沈黙した。

「僕達は不運なんですから、仕方ないじゃないですか。」

左近が少しムッとした表情で言う。それに対し雅斉は、再び不思議そうにした。

「あー、そういえば俺が一年の時も保健委員は不運委員会とか言われてたな。でも、不運って別に嘆くことじゃねぇだろ。」

「一年生以外は縄さえあれば自力で登れるだろ?縄は立派な木にくくりつけてある。さっさと登れ。」

「は、はい。」

数馬は驚いたように返事をし、上に登り始める。
一年生二人は、首をかしげた。

「私達はどうすればいいんですか?」

「お前らはこの縄登るのはまだ難しい。一人一人になるが、俺が背負ってやる。どっちが先に行くか決めとけよ。」

当たり前のように自分達を背負って登ると言った雅斉を、乱太郎と伏木蔵は格好いいと思った。雅斉は嫌われているらしいが、とてもそんな風には見えない。
一年生二人の自分に対する感想を知るはずもない雅斉は、左近を見た。彼は恐らく、一年生ではない。だが縄を登ろうとしない。

「ほら、お前もさっさと登れ。」

「…。」

言うと、左近は不安げに沈黙する。

「あれか。お前、登れないのか。」

「…悪いですか。」

「…悪くはねぇが。悪かった。背負って登ってやる。取り合えず、お前から行くぞ。」

雅斉は屈むと、背中に乗るよう促した。左近は不安に思うが、他に出るすべなどない。だから、仕方なく乗った。

「…落とさないで下さいよ。」

「当たり前だ。怪我されたら何言われるか分かったもんじゃねぇ。生憎、俺は面倒ごとは避ける主義だ。それにお前背負ってこの程度登れないくらい俺は柔じゃない。」

平然と言った雅斉を、左近もまた格好いいと思った。そして、雅斉が同級生を突き落としたという話に対し、疑問を持った。とても同級生を突き落とすような人間には思えない。
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