放っておいてくれ

□放っておいてくれ4
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乱太郎に連れられて保健室に向かう道中、午前の授業終了の鐘がなった。それを気にせず進む乱太郎に、俺は言った。

「俺、自分で保健室行くからお前飯食ってこいよ。俺と一緒にいるところ見られたら何かと面倒だぞ。」

「何言ってるんですか。これで先輩を放っておいたら伊作先輩に怒られます。」

…なんか何言っても聞かないだろうからもうどうでもいいや。
歩いていると、前方の地面に目印があるのが見えた。落とし穴があるのだろう。前を歩く乱太郎は、避けることなくそれに近づく。
俺は顔をひきつらせた。
…まさかこいつ、目印に気づいてない…!?

「猪名寺、目印あるぞ!?」

「へ!う、うわ!」

遅かったようだ。体制を崩した乱太郎を引っ張り庇うように抱き締めると、俺も穴に落ちた。なんか、今日は災難だ。穴に落ちようが受け身はとれるので普段ならば問題ない。だが、今は背中に怪我をしている。
背中をまともに打った。めちゃくちゃ痛い。

「ひっ…!」

痛すぎて声が出なかった。陸に打ち上げられた魚のように口をパクパク動かす俺。阿呆みたいだと思うが、どうしようもない。
乱太郎は俺から慌てて離れると、俺の様子を窺う。

「先輩!大丈夫ですか!?」

俺はなんとか頷いた。あ、背中がじめじめしてる。傷口ひらいたな、これ。新野先生怒るかな。
まぁ、今更気にしても仕方ない。説教なんて聞き流せ!俺は上を見た。俺一人なら怪我をしていても余裕で出ることが出来る。だが、一年生である乱太郎には辛いだろう。まぁ、最初に俺が出て引き上げればいいか。
そう思い、その旨を伝えようと乱太郎を見る。が、乱太郎を見て唖然とした。

「い、猪名寺?」

乱太郎はうつむき、肩を震わせていた。間違いなく泣いている。何でじゃー!?俺なんかした!?

「先輩っ…ごめんなさい…怪我をしていらっしゃるのに…私の不注意で…!」

どうやら、自分の不注意で穴に落ちたことを気にしているらしい。俺は安心した。俺のせいで怪我したとかじゃなくてよかった。こいつと親しい上級生に何をされるか分かったものではない。何より、一年生は上級生ほど俺を嫌ってはいない。そんな一年生にたいしては俺は無関心ではない。

「猪名寺、気にするな。俺が先に出てお前を引き上げるから、ちょっと待ってろ。」

「でも、背中のお怪我が…!」

心配らしい乱太郎に、俺は安心させるために笑う。

「大丈夫だ、このくらい。六年生をなめるなよ。」

あ、俺結構格好よくない?最近の俺はやたら格好いい気がするぞ。俺すげー。
俺は簡単に穴から出た。この穴、よく見ると見事な出来だ。背中が痛んだが、そんなことを気にしている場合ではない。乱太郎に手を伸ばす。

「ほら猪名寺、掴まれ。」

「うぅ…すいません…。」

申し訳なさそうに掴んできた。自力で出ることができないのは分かっているのだろう。うんうん、こういう謙虚さは大事だな。六年生も見習えよなこのやろー。
乱太郎を引き上げると、紫の制服を着た奴が近寄ってきた。

「おや、月波先輩ではありませんか。もう出歩かれて大丈夫なのですか?」

呑気な声だ。てか、誰だこいつ。何で俺の怪我のこと知ってんの?

「おう、もう大丈夫だ。てか、何で俺の怪我のこと知ってんだ?」

「立花先輩がすごく心配しておられたので。」

…だから、立花って誰だ。てか、こいつは誰だ。

「四年生、名前は?」

「綾部喜八郎でーす。」

自己紹介までなんか呑気だ。取り合えず、俺も自己紹介する。

「月波雅斉でーす。」

綾部と同じノリにした。なんとなくだが。

「知ってますよー。先輩は有名人ですから。」

…その通りだが、あんま言われても嬉しくないぞ。まぁ、いい。俺は先程落ちた穴を示す。

「これ掘ったの、お前?」

「はい。蛸壺のターコちゃん十二号です。」

…蛸壺に名前つけるって不思議な奴だな。若干こいつの性癖を疑う。てか、ターコちゃんってことはこの蛸壺、雌だよな。性別の判断基準がまるで分からん。

「…雌なのか、この蛸壺。まぁ、いい。形が綺麗な蛸壺だな。」

褒めると、綾部の顔が輝いた。

「分かってもらえますか!?いやー、嬉しいなー。」

…なんかいきなり綾部のテンション上がった。なんで?大丈夫か、こいつ。蛸壺褒めただけじゃん。こいつ、蛸壺について語り出しそうだな。マジかよ…。なんか、早々に立ち去らないと面倒そうだ。

「あー、悪いな、綾部。俺は用事があるんでな。これで失礼する。さぁ、行くぞ猪名寺!」

早足で保健室に向かって歩き始めた。こんなに保健室に行きたいのは始めてだ。乱太郎が慌ててついてくる。

「ちょ、待ってください!」

「あ、悪い。あとな、いいか、お前は俺の後ろを歩けよ。俺が罠の類いは極力避けるからな。」

「はい!」

「はーい。」

なんかいい返事だった。が、何故か乱太郎以外の声が混じった。綾部の声だ。待てこら。お前に言ってねぇし!
振り返り、綾部を見る。

「なんでお前がついてくるんだよ?」

「いやー、もっと先輩と蛸壺についてお話したいなーと思いまして。」

…俺と一緒にいたら六年生に何て言われるか分かってるのかこいつ。てか、飯食いに行けよ。
…もうどうでもいいや。今は前に進も。今日は面倒が多い日だな。
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