楔
□楔 1
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心底驚いているらしい文次郎に、雅時は微笑みかけた。
「そなた、面白いことを言う。私以外の誰に見えるというのだ。」
「いや、でも今日の午後の授業にはいなかっただろ。いつ帰ってきたんだよ。」
「午後の授業の最中だ。報告に学園長先生のもとに赴いたら、授業への復帰は明日からでよいと仰せられたのでな。」
「なんだ、そうだったのか…。取り合えず、無事で何よりだ。」
「ああ。感謝を、文次郎。してそなた、ここには委員会絡みで田村を探しに来たのであろう?委員会はよいのか?」
「ん?ああ、もう行く。また後でな。三木エ門、行くぞ!」
「はい!」
慌ただしく二人が去っていく。それを見送ると、綾部と滝夜叉丸もそれぞれ委員会に行くと言って去った。
「雅時君、僕達も行こう!」
「ああ。」
火薬委員会の活動場所に着くと、タカ丸以外の委員はすでに揃っていた。
「あ、遅いですよタカ丸さん…って、雅時先輩!?」
三郎次が、心底驚いたような顔をして駆け寄ってくる。
雅時は微笑んでその頭を撫でた。
「手伝いに来た。」
「あのねぇ、僕がお願いしたんだよぉ。」
「そうだったんですか。タカ丸さんもたまには役に立つんですね。」
「たまにはって…。」
相変わらずの辛辣ぶりだ。本人が冗談のつもりであるのが困りものだ。
話しているうちに、伊助と兵助も駆け寄ってきた。
「こんにちは、雅時先輩!今までどこに行っておられたのですか?」
「学園長先生のお使いだ。少々遠方でな。」
「お土産は!?」
嬉々として問うてきた伊助を、兵助が苦笑いと共に咎めた。
「伊助、雅時先輩は遊びに行ってきたんじゃないんだぞ。」
伊助の無邪気な様子を見て、暗殺した城主の息子の姿が重なった。あの幼子も、暗殺した日の昼間は伊助のように無邪気に笑っていた。自分は天井裏から覗いていただけだったが、子供らしく満ち足りた笑みだったのを覚えている。
ふと罪悪感にかられた。
ここにいる間は、罪悪感と恋情は捨てることに決めている。まず間違いなく枷になるからだ。
だから、戸惑いを感じた。
その戸惑いが表情に現れていたのだろう。兵助が不思議そうな顔で雅時を見ている。
「雅時先輩?」
雅時は誤魔化すようにいつもの笑みを浮かべた。
「いや、何でもない。」
罪悪感は消えた訳ではなかったが、表情に出すわけにはいかない。幸い自分に同室の者はいない。悩む時間はたくさんあるのだ。