□楔 1
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雅時が学園に帰還したのは、午後の授業の最中だった。そのため生徒の姿はなく、返り血を浴びたままの姿である雅時には好都合だ。返り血を浴びた姿を上級生に見られることに関しては抵抗がない。が、下級生ともなると話は別だ。そもそも返り血を浴びた姿など、他人に見られたい姿であるとは言い難い。
報告のために学園長の庵に赴き、その後は自室に戻った。
授業への復帰は明日からでいいと言われている。
雅時は自室で香を焚いた。香は滅多に焚かない。臭いがついては実習に不利だからだ。幸い明日は、臭いがしても困る授業ではない。血の臭いは湯あみで取れるだろうが、どこか気分が悪い。だから雅時は返り血を浴びた後には、自室と衣服に香を焚く。
香を焚き染めたため、ほんのわずかに匂ういつもの制服を持ち、湯殿に向かった。
時間帯が早いため、湯殿には誰もいない。
手早く湯あみを済ませると、いつもの制服姿に戻った自分の姿を確認し、ようやく帰還した、ということを感じて安堵した。顔には、いつもの典雅な笑みを浮かべている。

自室へ戻る途中、縁側を歩いていると姦しく言い争う声が聞こえた。
ふとそちらを見ると、四人の紫の制服が見える。
言い争っているのはその中の二人らしい。それを見ている他の二人が雅時に気付き、駆け寄ってきた。

「雅時君!」

「雅時先輩!」

タカ丸と綾部だ。それに続き、言い争っていた三木エ門と滝夜叉丸が駆け寄ってきた。

「お久しぶりです、雅時せんぱ…」

「ええい、でしゃばるな三木エ門!先に挨拶するのはこの私だ!」

「何だと!?」

言い争いが再発した。取り合えず、元気そうだ。
雅時は苦笑いする。

「ねぇ雅時君、今日は火薬委員会に来てくれる?」

「構わぬが。」

「やったぁ!」

タカ丸と話していると、ふと胸の辺りに髪の毛の感触を感じた。
雅時の髪は背中の真ん中までの長さはあるが、今は後ろで結い上げられている。よって、自分の髪の感触ではない。見ると、綾部が雅時の胸に顔を寄せていた。

「なんだ、綾部。」

「なんか先輩、いい臭いしますね。」

臭いを嗅いでいたらしい。綾部の言葉を聞いた滝夜叉丸が、綾部の首根っこを掴んで雅時から引き離した。

「なにやってるんだ、喜八郎!先輩に対して失礼だろう!」

「平、よい。綾部、好みの香りか?」

「はい。」

真っ直ぐに雅時を見ていた綾部が、雅時から目を離して田村を見た。
そして、田村を雅時に強引に押しやった。

「へ?」

押しやられた田村は、縁側にいる雅時に押しやられる形になる。田村は急すぎて抵抗できなかったみたいだが、雅時は田村を難なく受け止めた。
その段階で我に返ったらしい滝夜叉丸と田村が一斉に喜八郎を怒鳴りつけた。

「「喜八郎!」」

「あはは、ごめんごめん。でも、雅時先輩、いい匂いだったでしょ?」

「それは、まぁ…。」

渋々ながら頷く田村。
雅時は笑った。

「ほぅ、田村も好みか。」

「へ、あ、はい。」

「そうか。ならば「三木エ門!」

田村の名を呼ぶことで、雅時の発言が遮られた。遮ったのは文次郎だ。こちらに向かって走ってくる。その表情には怒りが現れていた。
それを見た田村の顔が青ざめる。

「す、すいません、潮江先輩!」

「何をしていたんだ!?…っ?雅時か!?」

どうやら、文次郎は雅時に気づいたらしい。心底驚いた表情で駆け寄ってくる。
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