現実と希望

□第一章
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「経済学は、確かにお前らのいい道しるべになる。だが、時には今まで2年間学んできた理論が役に立たないときがある。確かに、理論をすべてやったわけではない。経済学は大学4年でも足りないくらいだ。しかし、その理論すべてを―――」

 経済学の授業。この学校で一番力を注いでいるし、この先生はおそらくそっちの分野ではものすごく優秀な先生なのだろう。それが一番ひしひしと伝わってくる先生である。たとえば、この学校ではそういうことはないが、英語で言うならば。普通の学校の英語教育は生きていくための役に…たつことはあるかもしれないが、ほとんどない。不十分だ。しかし、そういう授業でも受験や成績の助けにはなる。逆に、現地で生き抜いて学んだ英語は生きていくためにかなり役に立つが、文法などが抜けている場合が多く、学校でのテストの点数をとりにくい、という面がある。別に現地で完璧に英語を駆使する術を学んだなら話は別だが。
 この先生は、実践の教え方もうまいし、テストの点数の取らせ方もうまいという、日本ではごく稀なタイプの優秀な先生なのだ。俺もなかなか尊敬している。
 そうやって聞いていると、先生が黒板に何かを書き始めたときを見計らって、となりのやつが話しかけてきた。
「ぃようヒロ」
「なんだカズ」
 コイツは倉田和義(かずよし)。昔からの悪友、といえば悪友だろう。この高校に入る前は小中で一緒にずいぶんと馬鹿をやったものだ。
 ちなみに俺の席は一番後ろの窓側である。そしてこいつは俺の右となり。俺の左はベランダだ。
「3年にもなったんだしさ、久しぶりになんかやってみねぇか?」
「3年にもなったんだしさ、そろそろなんかやるのをやめない?」
「ですよね・・・」
 馬鹿かこいつは。大学にいけなくなったらどうする。
「俺も、大学ってやつにいかなきゃいけないのかねぇ」
 こいつはどっちかって言うとあんまり頭はよくないほうだ。運動神経がなぜか抜群にいいんだが、入る学校を間違えていると思う。それでも親の不動産業を継がなきゃいけないんだとか。
「ま、お前、かわいそうなやつだよな」
「ヒロトぉ…うぅ…わかってくれるやつはお前だけよ…」
「こらそこ、私の授業中だ」
 へーい、とカズが軽い返事をして、俺は焦点を授業に戻した。

――――――――――*

 そして昼休みがきた。
「なぁヒロ」
「なんだカズ」
 俺の方に体を寄せてきて、耳打ちポーズをとる。
「一年生見に行かないか?」
「俺は興味ない。てめぇ一人で行って来い」
 即答した。なぜそんなことをしなければならない。
「なぁなぁ、来てくれよ…一人で行くのはなんか嫌なんだよ」
「・・・しゃあねぇな・・・」
「さすが我が親友!では出陣だ!」
 意気込んで、教室をでていくカズ。
 ・・・。
 ・・・。
 ・・・。

「来ねぇのかよ!?」

 教室のドアをガラッとあけて入ってくるカズ。
「いや、まだ飯食い終わってねぇし」
「お前パンだろ!食いながらついてくればいいじゃねぇかよ!」
「いやいやいや、行儀悪いだろ」
「くそ・・・じゃあ速く食えよ、ついてきてくれるっつったんだからな!」
「わかったよ・・・」
 俺は仕方なく了承してパンを口に詰め込む。
「よぉし!改めて出陣だっっっ!!!」
 改めて無駄に気を引き締め、教室を後にするカズ。
 ・・・。
 ・・・。
 ・・・。

「来ねぇのかよ!?」

 教室のドアを開けて、ピシャッという音を立てながら入ってくるカズ。
「いや、めんどくさかったから」
「立つのが!?」
 俺は普通に椅子に座って教室のドアを向いた。
「わかったよ、しゃあないな・・・」
「はじめからそうしてくれよ・・・」
 今度こそ、俺はちゃんとこいつについていってやるのだった。

――――――*

そして道すがら。
「なぁカズ」
「ん?」
「そんなに一年生気になるのか?去年は先輩にも後輩にも興味を示さなかったお前が、いきなりどうしたってんだ?」
 俺はこんなことを聞いてみた。
「ふっ。去年は美しき者がいなかったからさ」
「なんだそのバル○グみたいな台詞」
 いきなり手で架空の仮面を触りながら答えるカズ。なんでスト○ァイのあいつの真似をするんだ。
「今年の一年にかわいい子がいるという情報が入ってきたのさ!」
「何の、誰からの情報だよ!」
「『可憐女子開発兼観察記録管理連合(同好会)』の情報さ!私の後輩は優秀なのだよ…ふふふふふ」
「なんだそりゃ」
 軽く犯罪をしてそうな集団だな。
「正式な部活になるには失敗したが、何年も前からある伝統的な集まりさ」
「正式な部活になったら、俺はこの学校をやめる」
 即答した。そんな学校、ぼくはやだ。
「そんなこと言うなって」
「どう見ても学校にあったらいけない活動っぽいだろ」

「大丈夫、ただ、ちょっと後ろからついていって写真撮影をさせてもらったり、学校での生活を記録したり、ちょっと、訪問したいなぁ、と思った子は住所を割り出したり――」

「―もしもし、警察ですか?ここに犯罪集団が――」
「わああああああああ!!!!!!」
 カズが俺の携帯をかっぱらった。
「いえいえいえ、なんでもないです、ただのいたずらですから!はい!すみません!はい!二度としません!こいつがふざけて!はい!すみませんでしたぁ!」
 勝手に電話を切る。
「・・・なぁクズ」
「おい!呼び名!」
「俺が聞き間違いをしたんじゃなければ、それは犯罪ってやつじゃなかったっけか…?」
「他言無用でお願いします」

 全力で土下座だった。廊下のド真ん中で。

「コラ、カズ!やめろ、恥ずかしいだろうが」
「…誰にも言わないでね?」
「わかったから」
 なんということだ、こいつ、自分がへりくだりまくることでこっちに羞恥心を与え、そして了承させるとは…!無駄に策士だ…。
 カズが立ち上がり、俺たちは1年の教室を目指すのだった。

――――――――――*

 そして、一年の教室前についた。
 この学校は一学年につきクラスが3つある。一クラス30人程度。この学校の広すぎる敷地にしては、すこし生徒数が少ないかもしれないが、理事長曰くこれくらいがちょうどいいらしい。なぜなのかは俺もわからない。
 そんなことを考えているうち、カズが教室内をのぞきはじめた。
 俺はなんとなく一緒にいたくなかったので、こいつから距離をとる。
「情報だとB組がなかなか優秀らしいが・・・おおっ!いるじゃないかいるじゃないか…、この丸秘可憐女子記録手帳に…」
 まる聞こえだ。丸秘とか言ってるくせにその存在を簡単に自分で暴露している。
 俺はこいつからもっと距離をとるために歩いた。とりあえず右の方向に歩いていると、C組の教室内が不意に目に入った。女子たちの談笑と、男子の固まっている集団などが目に入ってくる。
(ほう。みんな仲良くなってんのな)
 そして、廊下から、教室とは反対にある校庭のほうに向いてる窓に目を向けた。春の日差しがまぶしかった。
 カズは大丈夫だろうか、と後ろを向くと、

「おい、そこ!そう、お前だ。お前、なかなかいい顔をしてるじゃないか。どうだ、我が神聖なる集まりに参加してみないか!?」

 なんか勧誘していた。

 かかわりたくなかったので、俺はそのまま歩いて階段のほうに向かう。そのまま3年の教室に帰るためだ。廊下を歩いていると聞こえてくる、一年生の声。

「ねぇねぇ、あの先輩、なんだろう・・・」
「なんかあの手帳に、可憐女子・・・がなんたらって書いてあるんだけど、キモくない?」
そんなもっともな意見と、
「おい、あの先輩、もしかしたら俺らの待っていた運命かもしれない…!」
「あぁ。すばらしい名前じゃないか…『可憐女子開発兼観察記録管理連合』…!」
「倉田先輩!あなたに一生ついていきます!」
なんかすごいやつらもいた。なるほど、こうしてあの犯罪集団もどきは存続してきたのか。

 悪の根源を絶つ思考をめぐらしつつ、嘆息して再び窓に目を向けると、ベンチに座っている人に目が移った。
(ん?あいつは・・・)

―――――――――――*

 俺はそのまま校庭に出てみた。ベンチに一人の女子が座っている。
 校庭のはしにあるそのベンチは、木陰にちょうど隠れる位置にあって、昼に休むにはちょうどいいところだと俺は思っていた場所なんだが、なぜか人っ子一人近づかない場所だ。そんなところなのに、一人座っているやつがいたので、気になって見に行ってみる。
(あいつ・・・やっぱりか)
 一人さびしくぽつんと座って、パンをかじってるやつがいた。そしてそいつは数日前、あの長い校門からの道で突っ立っていた、あの子じゃないか。
 暇つぶしにと、俺は声をかけてみた。
「よう、お前だったか」
「へっ?あっ…」
 俺がそばに行って声をかけてようやく、彼女は俺の存在に気づいた。考え事でもしていたんだろうか。
「こ、こんにちわ」
「こんにちわ」
 丁寧な挨拶が返ってきた。
「一人でこんなとこで何してんだ」
「…」
 返事が返ってこない。どうすればいいのか迷っているのだろう。それはそうだ。ただでさえ内気そうなのに、前に恥ずかしいところを聞かれた先輩に話しかけられているのだ。
「よいしょっと」
 俺もベンチに座ることにする。3人分のスペースがあるベンチで、俺とこいつで真ん中を空けて両端に座る形になる。
「・・・」
「・・・」
 しばらく沈黙が続く。彼女はかじっていたパンを食べ終わった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・そのっ」
「?」
 彼女から口をあけた。
「せ、先輩・・・ですよね?」
「ん?あぁ、そうだな。肩の刺繍の色で判別できるぞ。お前は赤だから一年」
「あっ、なるほど・・・」
 今気づいた様子だ。心底納得した表情を見せた後、おそるおそる、って感じで聞いてきた。
「じゃあ、せ、先輩は、・・・青は・・・2年生・・・ですか?」
「残念。青は3年だ。2年は緑だ」
「あっ、そうですか・・・」
 気まずそうな表情になって固まる。
 俺は改めて聞いてみた。
「で、だ。お前、一人でこんなところで何やってんだ?さみしくないのか」
「えっと、その…」
 ゆっくり、説明し始める。
「こ、この前の、・・・先輩が聞いたやつ・・・」
「ん、あれか」
「あ、あたし、そのとき言ったように・・・その・・・」
「人付き合いが苦手、か?」
「あの、・・・は、はい。それです・・・。 それで、その…まだ仲のいい…子も…その…いなくて…」
 なるほど。彼女らしい。なんて言ったら失礼だろうが、なんとなく教室での様子が想像できた。
「なるほど。・・・さしずめ、まだまともに喋ったやつもいないんだろう」
「…はい・・・それで、私、その、クラスで孤立しちゃった・・・感じで・・・席も端っこだし・・・」
「なるほどな」
 数日経ったのに友達一人つくれなかったこの子は、人気を避けてここまで逃げてきたのだ。
「あのっ・・・」
「なんだ?」
 しばらくの沈黙のあと、覚悟を決めたような顔をして、こっちを向いてくる。
「その・・・お名前を・・・お、お聞きしても・・・よろしいでしょうか」
 一生懸命な感じが、伝わってきた。
「あぁ、すまない、名乗ってなかったな。白浜宏人だ」
「白浜、先輩・・・あっ、私は、そのっ・・・」
 またしばらく沈黙が流れた。
「か、河崎美里(みさと)、ですっ」
 その後、また沈黙が続いた。両者ともに前を向いたまま、時間が過ぎていく。
 そして昼休み終了のチャイムが鳴った。5分後に授業が始まる。
「…予鈴、鳴ったな」
「はい、行きましょう・・・」
 二人でベンチを立つ。そして校舎内の階段のところまできて、挨拶をした。
「その、白浜先輩」
「ん?」
「あ、ありがとう、ございます」
「俺、礼なんてもらうことしたっけ?」
「その、話聞いてくださって・・・」
「・・・そうか」
「・・・それでは」
「おう。じゃあな、河崎」
「はい・・・」
俺は体の向きを変えて教室に向かった。数歩歩いたところでふと振り返ってみると、さっきのところにまだ立っている。ちょっとぼうっとしていたのだろうか、はっと我に返った様子で階段を上っていこうとする。
「河崎」
「へっ?はい・・・?」
 俺はこんなことを言った。

「話し相手くらいなら、またやってやるから」

「は、はい・・・」
 少し、河崎の表情が緩んだ気がした。
「じゃあな」
「はい。さようなら」
 そこで本鈴がなる。俺は急いで教室に戻った。
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