現実と希望
□序章
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人生とはすばらしいほどにゴミクズのようだ。
色のない景色が、車窓の外に過ぎていく、景色。色のないってのは白黒って意味だが、別にアルビノなわけではない。
中3のときだったか、あることがあった。そのときから世界がこう、色がなく、美しくないものに思えてきた。人間と世界に絶望するとこうなるらしい。
別に不幸な家柄に生まれたわけでもない。むしろ世間的に見れば逆だろう。白浜財閥、というものすごい肩書きのもと生まれた俺は、登下校をベンツで送り迎えしてもらい、運転席には俺が生まれる前から白浜財閥で仕えていた執事が。俺が言うのもなんだが、こんなのめったにいない。今も登校中である。
学校がクソってるわけでもない。むしろ日本有数の進学校である。財閥の息子、令嬢どもがあつまるような学校ではあるが、でも半数以上は一般人である。学費は安いし、実力ある生徒に育てると評判なこの学校は、テストはクソムズイが、入った後も勉強やら経済実習やらで大変だが、充実した3年間をすごすごとができる。
一応親というものに感謝もしている。俺自身、努力は怠っていない。成績はトップクラスだし、将来なんぞ俺の実力があればいくらでも切り開ける。条件も能力もそろった、っていったら傲慢に聞こえるが、事実なのだから仕方がない。
だが、そのような将来の保障や、いろんなものが。
あのときからすでに、虚しいのだ。
そんなこんなを考えてるうちに、校門前に着いた。
「着きました、宏人(ひろと)さま」
「ありがとう、じい。いってくるよ」
そして降りて、立った。
車のドアを閉めた。
後ろで車のエンジンが煙を吹いた。
俺は背伸びをする。
校門から校舎があるところまで、やたら長い道がある。過去2年と4ヶ月くらいずっと歩いてきた道だ。今は新しい葉っぱが生えて来た街路樹の緑が、彩っている。
HRまであと40分。少々早く来てしまった。
余裕があるので、ゆっくり歩くことにする。
そして、無駄にきれいな、しかし相変わらず白黒の景色。
そこにひとつだけ、ちっぽけだが、異質の存在がいた。
道の真ん中に、いつからいたのか。
一人の少女がいた。
普通にうちの生徒のようだ。肩の刺繍の色は赤。一年生か。
別に女の子がいておかしいことはない。
じゃあなにが異質かって、
つったっていた。
道の真ん中に、つったっていた。
思わず立ち止まった。
その子が歩き出すまで待ってみた。
風が吹いた、でも動く気配がない。
変なものがいたもんだ、と思い、俺は一歩を踏み出し―
「私はっ!」
(うをっ!?)
いきなり叫ばれた。
いや、声はちっちゃいし、でも道の向こう側に向けて、声を上げて語りかけている。
「この学校で、成功して、そのっ、人脈・・・というものも、つくって。たくさん、がんばって、お金持ちになって・・・」
・・・なんか語り始めた。何かと聞いていると、
「それでお母さんやお父さん、みんなに報いるんです。でも・・・」
それはまるで・・・
「ここに転入、したのもギリギリ・・・だったし・・・」
独り言・・・相談・・・いや、
「あたし、できるかどうか・・・不安です。人付き合いも・・・その・・・」
祈りのようだった。
「苦手ですし・・・勉強・・・も・・・お金の勉強も・・・ここを卒業して・・・その後・・・」
俺は思わず声をかけてしまった。
「未来が、不安か?」
「えっ!?」
聞かれていたとは思わなかったのだろう。彼女は驚いて、
振り向いた。
景色が、彼女を中心に色がつきはじめた。瞬く間に視界全体に、色が広がった。
「・・・」
「・・・うっ・・・」
彼女がうろたえる。
口が勝手に動き始めた。
「転入したばっかか」
「え?その・・・。・・・。はい」
いきなり知らない人から話しかけられたのにもかかわらず、それでも丁寧に答えてくれた。
「・・・二日前に・・・合格通知・・・それで・・・今日・・・その・・・はつ・・・とうこう・・・」
「そうか」
そして、俺は俺も驚くようなことを言う。
「まだ始まってもいないだろう。今から不安がっても意味はない。まずはやってみなきゃわからないんじゃないか?」
「・・・」
じっと俺を見つめる彼女。
「目標もあるようだし、がんばれるんじゃないか?」
「・・・」
俺も変なやつだ。つくづく。
これ以上は時間の無駄な気がして、言った。
「いくぞ、時間の無駄だ。いつまでそこにつったっている」
「は、はい・・・!」
俺は歩き始めた。
ちょっと遅れて、その子がついてきた。
そして俺らは、長い道を、
歩き始めた。