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□1.焦がれる
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───え?
目が覚めるとそこはただの森だった。
仕事が一段落して、屋敷のベッドで眠っていたはずだった。
まさか。
嫌な予感がしてその場から駆け出す。
嫌だ。
そんな。
夢中で駆け、視界に入った時計塔を目的地に定める。
あそこからなら全てが見える。
それに時計屋なら全てをわかっているだろう。
アガートはただ、駆け続けた。
「時計屋!!」
「……アガートか」
ユリウスはアガートの来訪を予測していたようだった。
落ち着いた様子で作業する手を止め、席から立ち上がる。
が、アガートからすればその落ち着ちぶりが気に食わない。
直ぐ様、彼の胸ぐらを掴む。
「どういうことよ、これは」
「見たままだ。私にはどうしようもない」
そう言いながらユリウスは窓の外に眼を向ける。
外の地形は様変わりしていた。
ハートの城と、帽子屋屋敷が消えていた。
引っ越しだ。
それ自体は珍しいことではない。
問題なのは、帽子屋屋敷が引っ越したのにアガートがまだ残っていることだ。
「お前は、ジャバウォックで審判だ。本来なら中立の立場だ。いつこうなってもおかしくなかった」
「……っ」
アガートはその場に崩れ落ちる。
審判は中立。
わかっている。わかっていた。
それでも、アガートは帽子屋ファミリーの一員だ。
「……ッド……」
ブラッド、ブラッド。
彼は引っ越した先でどうしているだろうか。
また会えると事も無げにしているのだろうか。
それとも、私のように取り乱している?
どちらでも構わない。
どちらにしても今すぐ会えないのなら意味はない。
「これからお前はどうするんだ」
「探す。屋敷に帰る方法を」
「無茶な」
「承知の上よ」
ブラッドのいる場所が私のいる場所だ。
このまま塔に留まる訳にもいかない。
みっともない泣き顔を隠すように後ろを向きながら立ち上がる。
まずは塔を出て、それから───
貴方に会いたくて堪らない