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□終わりは簡単でした
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『裏切り者』
ぶつけられる刺のある言葉のにオレは完全に混乱した。
彼が冗談でこんなことを言う人ではないのはよく分かっているのだが、じゃあ自分が何かしたのかと聞かれるとまったく心当たりはない。
『全然意味わかんねぇんスけど。
オレなんかした?』
『人のことを弄んで浮気をした癖に、よくそんなこと言えたものだな』
浮気?何言っているんスか?
そう言おうと思ったオレの目を、彼の翡翠の瞳が真っ直ぐに睨みつけてきて何も言えなくなってしまった。
本当に心当たりなどないのに。
『緑間っち、』
『今までお前がくれた優しさも、幸せも、暖かさも、全部全部…嘘だったんだな。
せっかく、大切にしたいと思えるように…なったのに…』
『ちょっと待ってよ!
マジで意味わかんねぇッスよ!!!
オレ浮気なんて一回もしてないッスよ!!!』
『涼太、緑間が証拠もなくこんなことを言うと思うか?』
『だからこそ意味わかんねぇッスよ!
全然心当たり無いことで大事な人に裏切り者だ浮気だって言われて黙ってられる訳ないだろ!!!』
『じゃあこの写真はどう説明を付けるんだ?』
『それ…ッ』
彼が差し出してきたのは一枚の写真。
修学旅行の時の集合写真なのだが、撮るタイミングで隣の女に突然キスをされてしまったのだ。
前からやたらとボディタッチが多いとは思っていたのだが、今まではさりげなく流していた。
だが、ここまで来るともう我慢できるわけがない。
今までにないくらい大声で怒鳴ってオレがブチ切れしたのは言うまでもない。
オレの意に添わなかったにしろ、絶対緑間っちには見られないように隠していたハズなのだが、何故赤司っちが持っているのだろうか。
だがそんな問題は後回しだ。
今は誤解を解くのが最優先事項。
『これはこの女が勝手にやってきたんス!』
『その彼女に聞いたら、お前と付き合っていると言われたが?
彼女の声で録音させてもらった証拠もあるが今流そうか?』
『赤司っち…アンタもしかして…っ!!!』
そこでオレは確信した。
あの女がオレにキスしてきたのも、今こうなっているのも全部赤司っちの差し金なのだと。
どんな手を使ったかなんて頭の悪いオレにはわからないけど、絶対そうだと断言できる。
ふざけるな、そこまでして俺らを別れさせたいのか。
怒りのままに赤司っちに掴みかかると突然緑間っちが口を開いた。
先ほどまでの怒りが嘘のように静かに、落ちついた口調で。
『もういい、やめろ。
黄瀬、今までありがとう。
三年間お前と居た時間は楽しかったのだよ。
たとえそれが…遊びだったとしても…』
『緑間っち!オレは、『俺はこれから赤司と京都に行く。
そしてそのまま京都で二人で暮らすつもりだ。
親に承諾も得ている』
『えっ…?』
京都に行く?
京都で暮らす?
言っている意味が分からない。
あんなに嫌いで、会いたくもないと言っていた男と共に京都に行く?
しかも突然?
どうしたらそうなるのか。
『緑間っち、その冗談笑えないッスよ…』
『冗談なんかじゃない。
俺は本気だ。今から京都に行く。
そのまま京都で赤司と暮らす。
もう決めたことだ、変える気はないのだよ』
『なんでッスか…
そんなに、オレのこと信じられないんスか…?』
『黄瀬…もうお前のことは好きじゃないのだよ。
今は赤司が好きだ』
緑間っちの目は怒りの色が消え、悲しみだけが支配している。
緑間っちは全部分かっているのだ。
オレが何もしていないこと、赤司っちの差し金だということ。
すべて分かった上で、彼はオレの元を離れようとしているのだ。
きっとこれ以上、俺に迷惑をかけない為に。
『緑間っち…それはオレのためッスか?』
『自惚れるな。
何故裏切り者のためにわざわざ実家を離れなければならないのだよ』
『緑間っちは全部分かってるんでしょ?
だからオレのとこ離れようとしてるんでしょ?
これからもまた赤司っちがなんかしてくるかもしれないからって、だから赤司っちのこと好きなんて言うんでしょ?』
『黙れ。
訳の分からないことを言うな。
俺がそんなくだらない嘘を吐く人間だと思っていたのか?』
『だって『真太郎、そろそろ新幹線の時間だが』
『あぁすまない、今行く』
『緑間っち!!!
オレ、緑間っちが居なくなったらどうやって生きていけばいいんスか?
緑間っちのいない毎日なんて何にも楽しくない!!』
『俺はもうお前と一緒にいたくないのだよ!!!
お前なんかさっきの女と付き合えばいいだろう!!!
もう二度と俺に構うな!!!!』
苦しそうにそういう言い切って俯いてしまった彼に、ここに来た時と同じように手を伸ばした。
本当は赤司となんて一緒に居たいわけがない。
それでもこの人は…全部一人で背負いこもうとしているのだ。
柔らかくて白い肌に触れようとした、刹那。
『涼太、これ以上真太郎を困らせないでくれるか?
真太郎はお前のことが嫌いだと言っているんだ。
大人しく帰れ』
『赤司…オレはアンタを一生好きになれねぇっすわ…むしろ大嫌いッス』
『好きだなんて言われたら悪寒で気が狂うよ。
さ、いこうか真太郎』
『あぁ』
『緑間っち!』
オレの呼びかけを華麗に無視し、玄関を出て行ってしまう。
俺の叫び声に何事かと顔を覗かせた緑間っちのご両親に一応にこやかに笑顔をつくって『煩くしちゃってすみませんッス、真太郎くんとお別れするのが寂しくて…』と適当に誤魔化して通り過ぎてきたが、上手く笑えていただろうか。
ずんずん歩いていってしまう2人を必死に追いかけて走り続ける。
ここで離したら終わりだ。
オレの為なんてどうでもいい、緑間っちが本心ではオレと居たいと思ってくれているのならば、オレは赤司っちに何をされたってずっと一緒にいるから。
だからオレと一緒に居て欲しい。
伝えたいことは山ほどあるのに時間も足も止まってはくれなくて。
オレがしつこくついて行くものだから、とうとう赤司っちがタクシーを止めて乗り込んでしまった。
緑間っちは、一度だけちらりとこちらを振り返ったが、赤司っちに促されて素直に乗り込む。
その腕を、必死に手を伸ばして掴んだ。
『緑間っち待って…ッ』
だけど、必死の思いでつかんだ腕は容赦なく振り払われて、無機質なかたい扉のせいでふたたび掴むことは叶わなかった。
ドアが閉まった瞬間、俯くようにしてこちらを向いた緑間っちの顔に、オレは驚愕した。
始めてみた彼の泣き顔。
声にはならなくても口の動きがオレに伝える。
愛している、と。
『みど、り、まっち…』
その場にへたり込んだオレは、発車するタクシーを追いかけることができないくらい、今までにないくらい泣いた。
end.
→おまけ