侍7よろず話

□幼き日々の記憶《後編》
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幼き日々の記憶《後編》1


顎の剃り跡も青々しいカンベエとの出会いが相当影響を与えたのか‥‥カンベエが帰ったあとも素振りをするなど修行をしていたキュウゾウは、さすがに疲れて夜を待たずして深い眠りに就いていた。

だが‥‥。

「坊ちゃま!!坊ちゃま!!起きてくださいっ!!」

上ずる声を抑えるように召使いのサキがキュウゾウを必死に起こしていた。

「‥‥んんーん‥‥」

まだ寝足りないキュウゾウは寝ぼけまなこである。

「ぼ‥坊ちゃま。お逃げくださいまし!!や‥‥夜盗が‥‥このお屋敷を襲っていますっ!!早くっ!!」
「え?や‥とう‥‥?」

聞きなれない言葉に聞き返したキュウゾウだったが、サキの口から聞く前に屋敷内の騒然とした雰囲気にすぐに気がついた。

「な‥何が!?」
「わかりませぬ。突然物を壊す音が聞こえて‥‥たぶん物取りの類かと思われますが‥‥。このお屋敷は広うございますからここまで影響はないと思われますが、万が一賊が紛れ込むとも限りません。安全なところへ‥‥ひっ!!」

サキが驚くのも無理は無い。
戸を蹴破る音が紛れもなく‥‥キュウゾウたちの居る場所からかなり近いところで聞こえたからである。

そのときふいにカンベエの言葉がキュウゾウの脳裏をよぎった。

《母を守る剣‥‥か。》

「か‥母様は!!」

キュウゾウは母の部屋へ向かうべく、枕元にあった脇差を懐にそして木刀を手に持って部屋の外に出た。
跡継ぎであるキュウゾウはいくつもの部屋に分かれている奥座敷の左奥一帯を居住スペースにしていて、母の住まうところに行くには中庭の渡り廊下を渡るのが一番近道なのだが‥‥。

キュウゾウが廊下に出た途端‥‥すでにキュウゾウやサキが想像しているような事態ではないことを見せ付けられた。

きな臭い匂いとともに怒号が響き渡る邸内。
何人も切り捨てたのであろう‥‥たっぷり血に染まった刀を振りかざし、女たちを追い掛け回す荒くれ者たち。
我慢が出来ず見目麗しい屋敷の女たちを組み伏せ、己が抑えられぬ猛りを繰り返しぶつける下郎共の群れ。
実は‥‥このときすでに屋敷は取り囲まれていて‥‥ならず者たちの手によって屋敷内は阿鼻叫喚と化していた。
男衆は容赦なく切り殺されて捨て置かれ、女たち‥特に若い女たちは荒くれどもの餌食となっていた。

「ひいいーーーっ!!!!」

あまりの情景を目の当たりにしてショックが強すぎたのだろう。
サキが顔を引き攣らせ、体を小刻みに痙攣させながら頭をかきむしり始めた。

「サキ!ど‥どうした?」

正気を失ったサキは‥‥キュウゾウに声をかけられると、焦点の定まらぬ瞳を目一杯見開き‥‥もう一度悲鳴をあげながら頭を振り乱して走り去ってしまった。

「サキっ!」

幸い柱の影でキュウゾウの姿は悪漢どもの視界から逃れられたらしい。
キュウゾウはサキの事も気になったが、それ以上に体の弱い母のことが心配であった。

この状況をみて屋敷内から母の部屋に向かうのは無理と判断したキュウゾウは、自室に戻り庭に面した窓の方からこっそり抜け出した。
昼間倒れた母の様子が目に焼きついている。

《母様‥‥っ!!!》

裸足に伝わる冷たい土の感触が‥‥はやる気持ちを一瞬冷静にさせる。
男たちの姿が見えないところを選びながら‥‥ようやく母の部屋にたどり着いたキュウゾウは‥‥母の部屋の敷戸の隙間を伺った。

《か‥‥母様?》

そこから見えたものは‥‥キュウゾウにとって残酷な情景だった。

一人の荒くれ者がぐったりした母の体を今まさに凌辱しようとしているところであった。

目の前が真っ赤になった‥‥。
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