侍7よろず話
□幼き日々の記憶《中編》
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幼き日々の記憶《中編》2
キュウゾウを呼びにいった女中たちが危惧していた通り‥‥
母に呼ばれたキュウゾウが浮かぬ顔で部屋に入ると、母と‥‥そして母の横には堂々とした体躯の若い男が座っていた。
背が高く鍛えられた体‥‥眼光が鋭く浅黒い肌の男。
キュウゾウの母よりやや若いようだが、相手に若輩と感じさせないオーラがその身にから醸し出されていた。
その男が母と歓談している‥‥
まだ幼いキュウゾウは当然のように体全身でその男に対する警戒と拒否を示した。
母より紹介されて渋々と頭を下げたが、まるで敵を見るような目でその男を睨んでいる。
だが‥‥彼はとても不思議な男であった。
部屋に入った途端‥‥彼しか目に入らないような錯覚を感じさせた。
男は島田カンベエと名乗った。
キュウゾウが想像もしないような遠い国から来た将校ということで‥‥身なりはきちんとしている。
「遠い国で『サムライ』をされているのよ。」
『サムライ』?
『サムライ』とはなんだ‥‥?
この国では耳にしたことがない言葉を反芻しながらキュウゾウは思わず母に聞き返した。
するとすかさず‥‥男の瞳がキラリと輝いた。
「サムライとは‥‥」
真面目で冗談を言いそうもないようなその男が、熱に浮かされたように語っているのである。
それまで無口だと思われた男が、立て板に水のようにサムライについて語りだしたので、キュウゾウは赤い瞳をまんまるにして驚いてしまった。
「ゆえに‥‥サムライとは‥‥自分を常に律し‥‥主のために常に剣を磨き心身を磨き‥‥そしていつ何時でも大儀のため‥‥惑うことなく事を処す‥‥誇り高い生き様をする者のことだ。」
そこまで語り終えて‥‥カンベエはふと熱から冷めたようにあたりを見渡し‥‥どうやら独り熱くなっていたらしいことに気がついて‥‥一つ咳払いをして黙り込んだ。
子ども相手に熱く語りすぎた事を恥ずかしく思ったらしい。
意外と愛嬌があるということが明白になった。
「つまり軍人さんね。」
少し違うとカンベエは異を唱えたが、この平和な国に住むキュウゾウやキュウゾウの母にとっては大同小異なことであった。
「カンベエ様。まだ年端もいかぬ子どもに‥‥そのように難しい事を仰っても呑み込めますまいに。」
「そ‥‥それもそうだ。」
恐らくキュウゾウが異なる者を見るような険しい目つきをしていたせいだろう。
カンベエはその相好を崩し目元を緩めて幼い子に対する精一杯の優しさを込めて微笑んだのだが‥‥。
厳しい容貌からは想像もつかないその温和な表情だが‥‥どうも板についていない。
普段はこのような顔をすることも無いのだろう。
屋敷の中で大切に育てらてて世間を知らずに過ごしたせいで少々内弁慶なキュウゾウは、この大人の男であるカンベエにどう対応していいかわからなくなった。
恐らく母はこの男を好いているはずだ。
決して悪い男ではないのだろうが‥‥母を奪うならば憎い相手。
だが‥‥何か憎めないものをこの男が持ち合わせているのもたしかだった。
決して弁舌が立つわけでもない。
風貌だって際立っているわけでもない。
ただ‥‥その男がいるというだけでその場がその男のものになってしまうという‥‥その存在感。
それは無視できないものであり、キュウゾウにとって気に食わないながらも気になる部分であった。
キュウゾウはおもむろに口を開いた。
「お前‥‥強いか?」
「サムライだからな。」
「じゃあ‥‥僕と手合わせしろ。」
「キュウゾウ?そんな無茶です!あなたは最近稽古始めたばかりではありませぬか!」
母がうろたえようが叫ぶが、キュウゾウはわき目もふらず真っ直ぐカンベエの瞳を見詰めたまま。
「母を守る剣‥‥か。」
「うるさい!やるのか?やらんのか!?」
カンベエが重々しく立ち上がった。
立つと威圧感が倍増する。
「カンベエ様!!」
子どもを心配する母の声にカンベエが振り返り、安心させるように頷いた。
庭に出た二人はそれぞれの獲物を木刀と定め、相向き合って構えた。