カンナ村療養シリーズ

□散髪
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散髪 2

そして髪結いがカンナ村にやってきた。
その日はヨヘイの娘が少し離れた村に嫁ぐということで、カンナ村の男衆は朝から嫁入り道具の運搬や祝言の準備で忙しい。
嫁がせる側なので祝い膳などの準備はない分、女衆‥特にヨヘイの身内の女たちは、己の身支度に余念がない。
髪結いを雇った背景には、他所の村の女衆には負けたくない‥‥というちょっとした女の意地みたいなものがあるのだろう。

「あらぁすんげーベッピンになっただなぁ。」
「やんだぁーおめえさだってぇ!」

女衆のはしゃぐ声が聞こえる。
日頃櫛を通した事もない髪を丁寧に結い上げ、化粧まで施してもらった女たちは互いに褒めあいながら何度も鏡を確認している。
たとえ幾つになろうと農民だろうと‥‥キレイになるということは女にとって嬉しい事なのだ。
騒がしいおかみさん連中をよそに、髪結いの男は黙って広げた仕事道具を片付けはじめた。

色白の‥少し険のある顔立ちの男だ。
さすがに髪結いを商いにしているだけあって前髪を切りそろえた長い黒髪は艶やかで美しく、髪の一部を結い上げるかんざしはなかなか良いものを使っていた。
髪結いという軟弱な商売をしている割には、昔は鍛え抜かれた体を誇っていたのだろうと思われる筋肉の筋が、着物から覗く腕などから伺える。
病み上がりなのか動きが緩慢であまり覇気が感じられないが、たまに見せる鋭い眼光がこの男の有能さを物語る。

「で?最後はどこに伺うんでしたかね?」

道具を片付け終わった髪結いの男が伏目がちに尋ねた。

「あっちのうちだぁ。そこでずーっと臥せって居なさる御仁の髪の手入れをしてやってほしいってヘイハチ様が言ってただ。」
「病人‥‥でござるか?」
「病人だどもみなからたんと大事にされとるでぇ。」
「大事も大事。みな惚れとるだが。なあ?」
「‥‥ほう。」

おかみさん連中の話をまとめれば、どうやら囲われ者のようだが、話を聞けばよほどの美人‥‥と踏んだのか‥‥ずっと俯き加減だった男がふっと目線をあげた。
そこへコマチがやってきた。

「うわぁ‥みんなどうしたですか?」
「おやコマチ坊。どうだべ?こちらの髪結いさんにきれいさしてもらっただよ。」
「う‥うん。馬子にも衣装だです。」
「おめ!ずいぶんだでよ!」

あの戦いの後、水分りの役目ををキララから引き継いだコマチであったが、まだ日が浅いせいと幼いということもあって姉のように水分り様‥と敬われることがあまりない。

「ご‥ごめんです。‥おや?」

コマチが髪結いのそばにつつーっと近寄った。
ほんの一瞬‥‥髪結いの男の顔が強張った。

「ん?‥‥おっちゃまが髪結いですか?」
「あ‥‥ああ‥‥。」

子どもが苦手なのか‥‥この男、コマチを正視しようとはしない。
物怖じしないコマチはさらにつつーっと歩み寄る。

「ホントに髪結いやってるですか?」
「それを生業としているが?」

コマチはじーっと相手の何かを感じ取ろうとしているようだ。
そして‥‥

「この髪結いのおっちゃま‥‥戦場の匂いがするです。」
「‥なっ!!」
「おら、わかるです。」
「‥‥何かの間違いであろう?」

困惑気な髪結いを見かねておかみさん連中がとりなした。

「これコマチ坊!おめーさ、なーに言ってるだよ!」
「だって‥‥おら、おサムライをよく知ってるです。」
「ンなこと言ってねーで‥‥ほれ‥水分り様の勤めはよ行くだよ!」
「これから嫁御寮んとこさ行くんだべ?」
「お‥忘れてたです。」

髪結いの男はそのやり取りの間に一礼して素早く外に出た。
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