カンナ村療養シリーズ

□カンナ村の夏
1ページ/5ページ

カンナ村の夏 1


カンナ村では今‥‥夏を迎えていた。
蝉たちの繁殖行動のための大音響が、人々の会話を遮るほどに鳴り響いて耳を塞ぎたくなる。
田んぼの稲穂はまだまだ若く、頭(こうべ)を垂れるどころか天に向かって青々と真っ直ぐ伸びているが、そのうちこの一帯は黄金色一色に覆われることであろう。
ジリジリ容赦なく照りつける夏の陽射しは‥‥今年の実りを約束してくれるようだ。
今年はもう‥‥野伏せりを恐れずともよい。
カンナ村の人々の顔は皆活気に満ち溢れていた。

その夏の陽射しは木のそばにいるカンベエに木漏れ日となって優しく降り注いでいた。
波打った長い髪は汗でじっとりと首筋に貼り付いている。

《すっかり夏‥‥だな。》

思えば‥‥この時期までこのカンナ村にいることになるとは、想像だにしていなかったカンベエ。
そのカンベエや他のサムライをこの村に繋ぎとめているのは‥‥重傷を負ったキュウゾウとヘイハチが養生しているからである。

ヘイハチはまだ松葉杖を必要としているものの、陽気な彼はその不自由な足で村中を闊歩し、村人の役に立てるものを作ったり修理したりと大活躍である。
村人の信頼も厚い。

カンベエも他の侍たちもヘイハチに関しては何の心配もしていなかった。

《ヘイハチは‥‥まあ‥‥生きるための活力が溢れているからな。》

カンベエはそう考えていた。
だが‥‥もう一人。

キュウゾウはいまだ外へ一歩も出ていない。
籠もりやすい空気を一掃すべく戸を開けて、なるべく外の景色を見せるようにカツシロウが心配りをしているのだが、それに背を向けるように床から出ることがない。

体のほうは、あの戦の際に瀕死の重傷を負ったせいでまだ体温調節が難しく、少しの環境の変化ですぐ高熱を出すことがある。
また、ほとんど塞がった傷口だが、恐ろしい傷跡はまだ未だに生々しく残り、さらに夏に入る前の長雨で痛むことがあったらしく、眠れぬ日々が続いた。
さらに‥‥稲穂にはとてもありがたいこの夏の陽気は‥‥キュウゾウの食欲を奪っていった。

「もう少し食べ物を口にしてくれると、体力もつくし‥‥病気に対する抵抗力もつくんですけどね。」

さまざまな病をひき起こしかねない状況に、月に一度往診にくる医者も渋い顔をしながらカンベエに語ったばかりだった。
元々細い身体つきが‥‥ますます細くなっていく。

《困ったものだな。》

他の者は自責の念や労わりの気持ち‥‥そして中には恋情と‥‥それぞれの想いから何かとキュウゾウを訪れては、それぞれの方法で看病したり励ましたりとしているのだが、カンベエはほとんどキュウゾウを訪れることはない。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ